・・・この男はきちんと日課に割り附けてある一日の午後を、どんな美しい女のためにでも、無条件に犠牲に供せようとは思わない。この心持は自分にもはっきり分かっている。そんなら何が今でもこの男に興味を感ぜさせるかと云うと、それは女が自分のためにのぼせてく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・野菜も又犠牲を払うというがそれはわれわれはよく知っている。だから物を浪費しないことは大切なことなのだ。但し穀作や何かならばそんなにひどく虫を殺したりもしないのだ。極端な例でだけ比較をすればいくらでもこんな変な議論は立つのです。結局我々はどう・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・今度の第二次世界戦争で、日本の軍事的権力は百四万以上の生命を犠牲とした。家庭は、既に強権によって、破壊されている。真に人間の心と体とが暖り合う家庭を破壊しながら、あらゆる社会的困難が発生すると、女子はすぐ家庭へ帰れるかのように責任回避して語・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみに文をはさんで、これを大臣に奉ると云って擬勢を示したら、「大臣ふみもえとらず、手わななきてやがて笑ひて、今日は術なし、右の大臣にまかせ申すとだにいひやり給はざりければ・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
・・・ 一の本能は他の本能を犠牲にする。 こんな事は獣にもあろう。しかし獣よりは人に多いようである。 人は猿より進化している。 森鴎外 「牛鍋」
・・・しかし自分を犠牲にしてまでそれに尽くしてくれる者はただ一人きりです。他の者たちは、私からされるように望んでいる事を私が果たさない場合に、やはり私を不満足に思います。そうしてそれがその人たちのツマラないわがままから出ている場合でも、私を怨み憤・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫