・・・さっき米原を通り越したから、もう岐阜県の境に近づいているのに相違ない。硝子窓から外を見ると、どこも一面にまっ暗である。時々小さい火の光りが流れるように通りすぎるが、それも遠くの家の明りだか、汽車の煙突から出る火花だか判然しない。その中でただ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・叔父さんが僕のおとっさんになった、僕はその後何度もお伴をして猟に行ったが、岩烏を見つけるとソッと石を拾って追ってくれた、義父が見ると気嫌を悪くするから。 人のいい優しい、そして勇気のある剛胆な、義理の堅い情け深い、そして気の毒な義父が亡・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・最近、岐阜の農民の暴動に対して軍隊が出動した。先年の、川崎造船所のストライキに対して、歩兵第三十九聯隊が出動した。三十九聯隊の兵士たちは、神戸地方から入営している。自分の工場に於ける同志や、農村に於ける親爺や、兄弟が、食って行かなければなら・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・蘭人のハンデルホーメン、独逸人のライン、地理学者のボンなんて人も、ちょいちょい調べていましたそうで、また日本でも古くは佐々木忠次郎とかいう人、石川博士など実地に深山を歩きまわって調べてみて、その結果、岐阜の奥の郡上郡に八幡というところがあり・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・伊吹山 六九、二 岐阜 四十、二敦賀 七二、八 京都 四九、二彦根 五九、〇 名古屋 三〇、二 すなわち、伊吹山は敦賀には少し劣るが、他の地に比べては、著しく雨雪日の数が・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・ 暖簾外の女郎屋は表口の燈火を消しているので、妓夫の声も女の声も、歩み過る客の足音と共に途絶えたまま、廓中は寝静ってタキシの響も聞えない。引過のこの静けさを幸いといわぬばかり、近くの横町で、新内語りが何やら語りはじめたのが、幾とし月聞き・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ジェーンは義父と所天の野心のために十八年の春秋を罪なくして惜気もなく刑場に売った。蹂み躙られたる薔薇の蕊より消え難き香の遠く立ちて、今に至るまで史を繙く者をゆかしがらせる。希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめた・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ それでなくてさえ、「義母はんはこないだも義父はんと云うてでしたえ、 若しお金をどむする事出けん様やったら私早う戻いて仕舞うた方がええてな。 義母はんは、若しもの時はそうきめて御出でやはるんえきっと。 恭二は、行・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・庄五郎は岐阜、関原の戦いに功のあったものである。忠利の兄与一郎忠隆の下についていたので、忠隆が慶長五年大阪で妻前田氏の早く落ち延びたために父の勘気を受け、入道休無となって流浪したとき、高野山や京都まで供をした。それを三斎が小倉へ呼び寄せて、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫