・・・ お蓮はくすくす笑い出した。「笑い事じゃないぜ。ここにいる事が知れた日にゃ、明日にも押しかけて来ないものじゃない。」 牧野の言葉には思いのほか、真面目そうな調子も交っていた。「そうしたら、その時の事ですわ。」「へええ、ひ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 妻は僕の口真似をしながら、小声にくすくす笑っていた。が、しばらくたったと思うと、赤子の頭に鼻を押しつけ、いつかもう静かに寝入っていた。 僕はそちらを向いたまま、説教因縁除睡鈔と言う本を読んでいた。これは和漢天竺の話を享保頃の坊さん・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・僕等は皆悲しい中にも小声でくすくす笑い出した。 僕はその次の晩も僕の母の枕もとに夜明近くまで坐っていた。が、なぜかゆうべのように少しも涙は流れなかった。僕は殆ど泣き声を絶たない僕の姉の手前を恥じ、一生懸命に泣く真似をしていた。同時に又僕・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・それをまた生徒の方では、面白い事にして、くすくす笑う。そうして二三度先生が訳読を繰返す間には、その笑い声も次第に大胆になって、とうとうしまいには一番前の机からさえ、公然と湧き返るようになった。こう云う自分たちの笑い声がどれほど善良な毛利先生・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・「くすくす、くすくす。」 花骨牌の車座の、輪に身を捲かるる、危さを感じながら、宗吉が我知らず面を赤めて、煎餅の袋を渡したのは、甘谷の手で。「おっと来た、めしあがれ。」 と一枚めくって合せながら、袋をお千さんの手に渡すと、これ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・丁と、手にした猪口を落すように置くと、手巾ではっと口を押えて、自分でも可笑かったか、くすくす笑う。「町名、町名、結構。」 一帆は町名と聞違えた。「いいえ、提灯なの。」「へい、提灯町。」 と、けろりと馬鹿気た目とろでいる。・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ ある日のこと、達ちゃんは、夕飯のときになにか思い出してくすくすと笑いました。「なにか、おかしいことがあったの。」と、お姉さんがおっしゃいました。「きょう、秀公といっしょに帰ったら、鳥屋の前で、いろいろの鳥が鳴いているのを見て、・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・お席から、くすくす笑う声が起こりました。「よし、そこに、いつまでもそうやっておれ。」と、山田一人をつれてゆかれました。「小野、この間に、逃げっちまえよ。」「逃げたら、後で、よけいにしかられるぞ。」 政ちゃんは、この赤いりんご・・・ 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・なかには、また、くすくす笑うものさえありました。しかし、先生が、笑うものをおしかりなさったので、すぐに静かになったけれど、小田は、そのとき、みんなから、なんだか侮辱されたような気がして、顔が赤くなりました。 そのとき、ひとり隣に並んで腰・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・私一人だけが若い娘たちの面前で、飯事のようにお櫃を前にして赧くなっているのだ。クスクスという笑い声もきこえた。Kはさすがに笑いはしなかったが、うちいややわと顔をしかめている。しかし、私は大いに勇を鼓してお櫃から御飯をよそって食べた。何たるこ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫