・・・ お源はこれを自分の宅で聞いていて、くすくすと独で笑いながら、「真実に能く物の解る旦那だよ。第一あんな心持の優い人ったらめったに有りや仕ない。彼家じゃ奥様も好い方だし御隠居様も小まめにちょこまかなさるが人柄は極く好い方だし、お清様は出戻・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・』 勝手の方で下婢とお婆さんと顔を見合わしてくすくすと笑った。店の方で大きなあくびの声がした。『自分が眠いのだよ。』 五十を五つ六つ越えたらしい小さな老母が煤ぶった被中炉に火を入れながらつぶやいた。 店の障子が風に吹かれてが・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ ディオニシアスもこのときばかりはくすくす苦笑いをしました。そして、相手の正直なことを褒める印に、そのまま解放してやりました。 二 しかし、ディオニシアスについて伝えられているお話の中で、一ばん人を感動させる・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・明治初年の、佳人之奇遇、経国美談などを、古本屋から捜して来て、ひとりで、くすくす笑いながら読んでいる。黒岩涙香、森田思軒などの、飜訳物をも、好んで読む。どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・妹さんも傍にほの白く立って居て、くすくす笑って居る様子でした。お母さんは誰も居ぬのにそっとあたりを見廻し、意を決して佐吉さんに負さりました。「ううむ、どっこいしょ。」なかなか重い様子でした。お母さんは七十近いけれど、目方は十五、六貫もそ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・外八文字も、狐も、あなたに対してはまるで処女の如くはにかみ、伏目になっていかにも嬉しそうにくすくす笑ったりなどするので、私は、あなたの手腕の程に、ひそかに敬服さえ致しました。やはり、あなたは都会の人で、そうして少し不良のお坊ちゃんの面影をど・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ マダムはくすくす笑いながら答えた。「ええ。華族さんになって、それからお金持ちになるんですって。」 僕はすこし寒かった。足をこころもち早めた。一歩一歩あるくたびごとに、霜でふくれあがった土が鶉か梟の呟きのようなおかしい低音をたて・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・に書く人、人によって、ふだんばかだと思っている人は、そのとおりに、ばかの感じがするようなことを言っているし、写真で見て、おしゃれの感じのする人は、おしゃれの言葉遣いをしているので、可笑しくて、ときどきくすくす笑いながら読んで行く。宗教家は、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・沢山の汚名を持つ私を、たちの悪い、いたずら心から、わざと鄭重に名士扱いにして、そうして、蔭で舌を出して互に目まぜ袖引き、くすくす笑っている者たちが、確かに襖のかげに、うようよ居るように思われ、私は頗る落ちつかなかったのである。故郷の者は、ひ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・太郎は庭にて遊ぶといわなければいけないのだそうで、私が、くすくす笑うと、とても、うらめしそうな目つきで、私の顔を穴のあくほど見つめて、ほうと溜息をつき、あなたには誠実が不足している、いかに才能が豊富でも、人間には誠実がなければ、何事に於いて・・・ 太宰治 「千代女」
出典:青空文庫