・・・またかと思うような号外売りがこの町の界隈へも鈴を振り立てながら走ってやって来て、大げさな声で、そこいらに不安をまきちらして行くだけでも、私たちの神経がとがらずにはいられなかった。私は、年もまだ若く心も柔らかい子供らの目から、殺人、強盗、放火・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・今までいろいろわがままばっかしいってゆるしてくださいね。」「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。ゆるしてちょうだい。」 東の空のききょうの花びらはもういつかしぼんだように力なくなり、朝の白光りがあらわれはじめました。星が一つずつきえて・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・ 「お日さんを せながさしょえば はんの木も くだげで光る 鉄のかんがみ。」 はあと嘉十もこっちでその立派な太陽とはんのきを拝みました。右から三ばん目の鹿は首をせわしくあげたり下げたりしてうたいました。 「お日・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・泉山蔵相のくだのなかで「新給与問題よりも山下春江女史の方がすきだということの方が問題だ」といったということが新聞にでていますが、これはなまよい本性にたがわず、本音でしょう。もちろんあとから本人にきけば「何もおぼえていない」でしょうが極東裁判・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・ でも私は、今年あんまり、病気をしたり妹をなくしたりして、いやな事ばかりつづきまして、十六は前やくだなんかと云う話をきいたので今年に別れるのはつらくない。 どっかから、お歳暮に福寿草と、雪割草の盆景をもって来た。 生れて始めて雪・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・ カクテール・キングとあだ名されるバオダイ・ヴェトナム王でさえも、まさかヴェトナム人の言葉が外国語になればいいという「くだ」はまいていない。そういう尾崎自身はワシントンで議会訪問した折、国会図書館長のラップ氏から、同図書館に陳列されてい・・・ 宮本百合子 「長寿恥あり」
・・・ この書の成るに当たって、永い間本を借してくだすった井上先生、大塚先生、小山内薫氏、本を送ってくだすった原太三郎氏、及び本の捜索に力を借してくだすった阿部次郎氏、岩波茂雄氏に厚くお礼を申し上げる。 大正四年八月鵠沼にて・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫