餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困ると・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・船長の細君でゝもない限り、なんとかして外米をうまく食べようという技巧がそこで工夫されだした。 まず、食事たびごとに飯をたいてみた。なにしろ、外米はつめたくなると一そうパラつくのである。 前夜から洗っておいて、水加減を多くし、トロ火で・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・の細君は今はもう暗雲を一掃されてしまって、そこは女だ、ただもう喜びと安心とを心配の代りに得て、大風の吹いた後の心持で、主客の間の茶盆の位置をちょっと直しながら、軽く頭を下げて、「イエもう、業の上の工夫に惚げていたと解りますれば何のことも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ * その暮れ方、土工夫らはいつものように、棒頭に守られながら現場から帰ってきた。背から受ける夕日に、鶴尖やスコップをかついでいる姿が前の方に長く影をひいた。ちょうど飯場へつく山を一つ廻りかけた時、後から馬の蹄の音が聞え・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・どうかして、この昼を夜にする工夫はないものでございましょうか。」と言いました。すると長々は、「ああ、それならぞうさもありません。」と言いながら、からだをするするのばしました。そして、あッと言う間に天までのび上りました。みんなはびっくりし・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・の中野のお店の場所をくわしく聞き、無理にお二人にご承諾をねがいまして、その夜はそのままでひとまず引きとっていただき、それから、寒い六畳間のまんなかに、ひとり坐って物案じいたしましたが、べつだん何のいい工夫も思い浮びませんでしたので、立って羽・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・幸におれは一工夫して、これならばと一縷の希望を繋いだ。夜、ホテルでそっと襟を出して、例の商標を剥がした。戸を締め切って窓掛を卸して、まるで贋金を作るという風でこの為事をしたのである。 翌朝国会議事堂へ行った。そこの様子は少しおれを失望さ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・この映画では電話局の故障修繕工夫が主人公になっている。それが友だちと二人で悪漢の銀行破りの現場に虜になって後ろ手に縛られていながら、巧みにナイフを使って火災報知器の導線を短絡させて消防隊を呼び寄せるが、火の手が見えないのでせっかく来た消防が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・の日になると、お絹は昼ごろ髪を結いに行って、帰ってくると、珍らしくおひろの鏡台に向かっていたが、おひろもお湯に行ってくると、自分の意匠でハイカラに結いあげるつもりで、抱えの歌子に手伝わせながら、丹念に工夫を凝らしていたが、気に入らなかったら・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・彼はマチの小遣を稼ぎ出す工夫であった。それでもそれは単に彼一人の丹精ではなくて壻の文造が能くぶつぶついわれながら使われた。お石が来なくなってから彼は一意唯銭を得ることばかり腐心した。其年は雨が順よく降った。彼はいつでも冬季の間に肥料を拵えて・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫