・・・ しかし、尽せぬ滋味を汲むことには、絵も文章もかわりがないのです。むしろ、文章の方が、より多く想像を要するだけ、惹きつける力も、より深い場合があるといえます。 たとえば、レマルクの、「その後に来るもの」の中にも、ところ/″\、一幅の・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・きょうは青空よい天気まえの家でも隣でも水汲む洗う掛ける干す。 国定教科書にあったのか小学唱歌にあったのか、少年の時に歌った歌の文句が憶い出された。その言葉には何のたくみも感ぜられなかったけれど、彼が少年だった・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・とお源は水を汲む手を一寸と休めて振り向いた。「井戸辺に出ていたのを、女中が屋後に干物に往ったぽっちりの間に盗られたのだとサ。矢張木戸が少しばかし開いていたのだとサ」「まア、真実に油断がならないね。大丈夫私は気を附けるが、お徳さんも盗・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・槽を使う(諸味を醤油袋に入れて搾り槽時に諸味を汲む桃桶を持って来いと云われて見当違いな溜桶をさげて来て皆なに笑われたりした。馴れない仕事のために、肩や腰が痛んだり、手足が棒のようになったりした。始終、耳がじいんと鳴り、頭が変にもや/\した。・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・初めのうち、清三は夏休み中、池の水を汲むのを手伝ったり、畑へ小豆の莢を摘みに行ったりした。しかし、学年が進んで、次第に都会人らしく、垢ぬけがして、親の眼にも何だか品が出来たように思われだすと、おしかは、野良仕事をさすのが勿体ないような気がし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・そうして三角点の配布が決定したら、次にはそこに櫓を組む造標作業がある。場所によっては遠い下のほうから材木を引き上げなければならず、また見透しの邪魔になる樹木を切らなければならない。これにも一点に約二週間はかかる。 櫓ができたら少なくも一・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・前に夕顔棚ありて下に酒酌む自転車乗りの一隊、見るから殺風景なり。その前は一面の秋草原。芒の蓬々たるあれば萩の道に溢れんとする、さては芙蓉の白き紅なる、紫苑、女郎花、藤袴、釣鐘花、虎の尾、鶏頭、鳳仙花、水引の花さま/″\に咲き乱れて、径その間・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ビーカーに水を汲むのでも、マッチ一本するのでも、一見つまらぬようなことも自分でやって、そしてそういうことにまでも観察力判断力を働かすのでなければ効能は少ない。使用する器械が精巧なほど使用の注意も複雑になるから、不注意に機械的申訳的にやるので・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・雪ちゃんもこの色の蒼白いそして脊のすらりとしたところは主婦に似ていて、朝手水の水を汲むとて井戸縄にすがる細い腕を見ると何だかいたいたしくも思われ、また散歩に出掛ける途中、御使いから帰って来るのに会う時御辞儀をして自分を見て微笑する顔の淋しさ・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・少し逆もどりして別の巻「溝汲むかざの隣いぶせき」の五句のごときも、事によると一種の土臭いにおいを中心として凝集した観念群を想像させる。 岱水について調べてみる。五十句拾った中で食物飲料関係のものが十一句、すなわち全体の二十二プロセントを・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫