・・・太十は独で笑いながら懐へ入れて見ると矢張りくるりとなって寝た。鍋の破片へ飯をくれたが食わない。味噌汁をかけてやったらぴしゃぴしゃと甞めた。暫くすると小さいながら尾を動かしてちょろちょろと駈け歩いた。お石が村を立ってから犬は太十の手に飼われた・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまった。同時に、すべての宇宙が変化し、現象する町の情趣が、全く別の物になってしまった。つまり前に見た不思議の町は、磁石を反対に裏返した、宇宙の逆空間に実在したので・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・と叫んでくるりと向うを向いて、手で頭をかくして、森のもっと奥へ走って行きました。 みんなはあっはあっはと笑って、うちへ帰りました。そして又粟餅をこしらえて、狼森と笊森に持って行って置いてきました。 次の年の夏になりました。平らな処は・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・お日さまさえ、ずうっと遠くの天の隅のあたりで、三角になってくるりくるりとうごいているように見えたのです。 みんなは石のある所に来ました。そしててんでに百匁ばかりの石につなをつけて、エンヤラヤア、ホイ、エンヤラヤアホイ。とひっぱりはじめま・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ ベン蛙とブン蛙はぶりぶり怒って、いきなりくるりとうしろを向いて帰ってしまいました。しゃくにさわったまぎれに、あの林の下の堰を、ただ二足にちぇっちぇっと泳いだのでした。そのあとでカン蛙のよろこびようと云ったらもうとてもありません。あちこ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・傍から、忠一も顔を出し、暫くそれを見ていたと思うと、彼はいきなりくるりとでんぐり返りを打って、とろとろ、ころころ砂の斜面を転がり落ちた。「ウワーイ」 悌が手脚を一緒くたに振廻してそのあとを追っかけた。けろりとして戻って来ながら、・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 矢張り笑顔のまま、大きな女のひとはくるりと、私共の方に背を向けた。一目見、自分は大声で泣き出した。背中に小猿をくくり付けでもしたように、赤い着物の女の子が、小さく、かーんと強張って背負われて居るのだ。「河に身を投げたのだ」と誰・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・と言うや否や、くるりと閭に背中を向けて、戸口の方へ歩き出した。「まあ、ちょっと」と閭が呼び留めた。 僧は振り返った。「何かご用で」「寸志のお礼がいたしたいのですが」「いや。わたくしは群生を福利し、きょうまんを折伏するために、・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・灸は突然犬の真似をした。そして、高く「わん、わん。」と吠えながら女の子の足元へ突進した。女の子は恐わそうな顔をして灸の頭を強く叩いた。灸はくるりとひっくり返った。「エヘエヘエヘエヘ。」とまた女の子は笑い出した。 すると、灸はそのまま・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・農婦は歩みを停めると、くるりと向き返ってその淡い眉毛を吊り上げた。「出るかの。直ぐ出るかの。悴が死にかけておるのじゃが、間に合わせておくれかの?」「桂馬と来たな。」「まアまア嬉しや。街までどれほどかかるじゃろ。いつ出しておくれる・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫