・・・ 少年は呉れるものは欲しいのだが、貰っては悪いというように、遠慮していた。「煙草と砂糖。」松木は、窓口へさし上げた。「有がとう。」 コーリヤが、窓口から、やったものを受取って向うへ行くと、「きっと、そこに誰れか来とるんだ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・近所の者は分けて呉れることゝ心待ちに待っていたが、四五日しても挨拶がない。買って来たのは玄米らしく、精米所へ搗きに出しているのが目につく。ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・「すまんけど、お前から戻して呉れるように話しておくれんか。」「一寸、待っちょれ!」 杜氏はまた主屋の方へ行った。ところが、今度は、なかなか帰って来なかった。障子の破れから寒い風が砂を吹きこんできた。ひどい西風だった。南の鉄格子の・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ ところで私のように長い病気で久しく仕事をしないで生きているものはそれではその逆で自然が仕事が出来るまで長命さして呉れるだろうか、あるいはながいき出来そうな気もする。これまでの仕事には、まだ自分が三分くらいしか出せていなかった気もする。・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・ 負傷者は、Aの日が暮れるとBの日を待った。Bの日が暮れるとCの日を待った。それからD、E、F……。 ゼットが来なければ、彼等は完全にいのちを拾ったとは云えないのだ。 衛兵にまもられた橇が黒龍江を横切って静かに対岸の林へ辷って行・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・紹介者に連れて行って貰って、些少の束修――金員でも品物でもを献納して、そして叩頭して御願い申せば、直ちに其の日から生徒になれた訳で、例の世話焼をして呉れる先輩が宿所姓名を登門簿へ記入する、それで入学は済んだ訳なのです。銘々勝手な事を読んで行・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・朝顔を秋草というは、いつの頃から誰の言い出したことかは知らないが、梅雨あけから秋風までも味わせて呉れるこんな花もめずらしいと思う。わたしがこれを書いているのは九月の十二日だ。新涼の秋気はすでに二階の部屋にも満ちて来た。この一夏の間、わたしは・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・では斯うするさ――僕が今、君に尺八を買うだけの金を上げるから粗末な竹でも何でもいい、一本手に入れて、それを吹いて、それから旅をする、ということにしたまえ――兎に角これだけあったら譲って呉れるだろう――それ十銭上げる。」 斯う言って、そこ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・唯、私はお前に忸れたかして、お前が側に居て呉れると、一番安心する。」斯う私が言うと、「貧」は笑って、「私に忸れてはいけない。もっと私を尊敬してほしい。よく私に清いという言葉をつけて、『清貧』と私を呼んで呉れる人もあるが、ほんとうの私はそ・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・ 二 釣りの話 ある日、お爺さんは二人の兄弟に釣りの道具を造って呉れると言いました。 いかにお爺さんでも釣りの道具は、むずかしかろう、と二人の子供がそう思って見て居ました。この兄弟の家の周囲には釣竿一本売る店が・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
出典:青空文庫