・・・ 東洋趣味と鋭い西洋趣味との特殊な調和を見せている黒地総花模様の飾瓶などを眺めていると、私の胸には複雑な音楽が湧いて来た。 亢奮が、私をじっとさせて置かない。 声にならない音律に魂をとりかこまれながら、瞳を耀かせ、次の窓に移る。・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・一つの角を曲る時、幌の上を金招牌が掠めた。黒地に金で“Exchange. Chin Chu Riyao.”然し、ここでも硝子戸の陰に、人の姿は見えない。 五月の『文芸春秋』に、谷崎潤一郎さんが、上海見聞記を書いておられる。なかに、ホ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・七月に経済白書というものを発表して日本の生産経済の破産状態を告白した政府は、千八百円ベースをきめて、十一月には国民家計が三百円ほど黒字になるといった。ところが十一月には、あがった丸公につれてヤミまであがって、ヤミ買を拒絶した山口判事の死がつ・・・ 宮本百合子 「ほうき一本」
・・・ そよりともしない黒地の闇の上には、右から左へ薄白く夢のような天の河が流れています。光った藁のような金星銀星その他無数の星屑が緑や青に閃きあっている中程に、山の峰や深い谿の有様を唐草模様のように彫り出した月が、鈍く光りを吸う鏡のように浮・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・真白い面に鮮やかな黒字で書かれた数字や、短針長針が、狭い角度で互に開いていた形が、奇妙にはっきり印象に遺った。驚いて、一寸ぼんやりした揚句なので却って時計の鮮明な文字が、特殊な感銘を与えたのだろう。 知ろうともしなかった此時間の記憶は後・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫