・・・それがぼくの手にさわったらぐしょぐしょにぬれているのが知れた。「おばあさま、どうしたの?」 と聞いてみた。おばあさまは戸だなの中の火の方ばかり見て答えようともしない。ぼくは火事じゃないかと思った。 ポチが戸の外で気ちがいのように・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・汗でぐしょぐしょになるほど握りしめていた掌中のナイフを、力一ぱいマットに投げ捨て、脱兎の如く部屋から飛び出た。 B 尾上てるは、含羞むような笑顔と、しなやかな四肢とを持った気性のつよい娘であった。浅草の或る町の・・・ 太宰治 「古典風」
・・・寝汗でぐしょぐしょになるのです。いままでかいた絵は、みんな破って棄てました。一つ残さず棄てました。私の絵は、とても下手だったのです。あなただけが、本当の事をおっしゃいました。他の人は、みんな私を、おだてました。私は、出来る事なら、あなたのよ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・ 河向いから池までの熊笹を切開いた路はぐしょぐしょに水浸しになって歩きにくかった。学校の先生らしい一行があとから自分らを追越して行った。 明神池は自分には別に珍しい印象を与えなかった。何となく人工的な感じのする点がこの池を有名にして・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・霧の中を降って来たそうで、みんなぐしょぐしょにぬれていた。そのせいか、八月四日の降灰のような特異な海綿状の灰の被覆物は見られなかった。あるいは時によって降灰の構造がちがうのかもしれないと思われた。 翌十八日午後峰の茶屋からグリーンホテル・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
出典:青空文庫