・・・世の中が楽しいなぞという未練が残ってる間は、決して出来るものじゃアない。軍紀とか、命令とかいうもので圧迫に圧迫を加えられたあげく、これじゃアたまらないと気がつく個人が、夢中になって、盲進するのだ。その盲進が戦争の滋養物である様に、君の現在で・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・一体馬琴は史筆椽大を以て称されているが、やはり大まかな荒っぽい軍記物よりは情緒細やかな人情物に長じておる。線の太い歴史物よりは『南柯夢』や『旬殿実々記』のような心中物に細かい繊巧な技術を示しておる。『八犬伝』でも浜路や雛衣の口説が称讃されて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・戦争とは何等関係のない、平時には、軍紀の厳重な軍隊では許されない面白おかしい悪戯や、出たらめや、はめをはずした動作が、やってみたくてたまらなくなるのだった。 黄色い鈍い太陽は、遠い空からさしていた。 屋根の上に、敵兵の接近に対する見・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・「不軍紀な! 何て不軍紀な!」 彼は腹立たしげに怒鳴った。それが、急に調子の変った激しい声だったので、イワンは自分に何か云われたのかと思って、はっとした。 彼が、大佐の娘に熱中しているのを探り出して、云いふらしたのも吉原だった。・・・ 黒島伝治 「橇」
緒言 子供の時分に、学校の読本以外に最初に家庭で授けられ、読むことを許されたものは、いわゆる「軍記」ものであった。すなわち、「真田三代記」、「漢楚軍談」、「三国志」といったような人間味の希薄なものを読みふ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・もっとも非常時の陸海軍では民間飛行の場合などとちがって軍機の制約から来るいろいろな止み難い事情のために事故の確率が多くなるのは当然かもしれないが、いずれにしても成ろうことならすべての事故の徹底的調査をして真相を明らかにし、そうして後難を無く・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・賊軍が天文台の上に軍旗を守っていると官軍が攻め登る。自分もこの軍勢の中に加わるのであったが、どうしてもこの砂山の頂まで登る事ができなかった。いつもよく自分をいじめた年上の者らは苦もなく駆け上がって上から弱虫とあざける。「早く・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ せり上り活人形大喝采一の谷はふたば軍記! 店々で呼び合う声と広告旗、絵看板、楽隊の響で、せまい団子坂はさわぎと菊の花でつまった煙突のようだった。白と黒の市松模様の油障子を天井にして、色とりどりの菊の花の着物をきせられた活人形が、芳しくしめ・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・「仮装平時閲兵のために、暑気あたりに苦しんでそこに卒倒した不幸な若い婦人をそのまま放っておくほど、大英国の軍規はきびしいのだろうか」 すっきりとした初夏の服装で、大きめのハンド・バッグを左腕にかけ、婦人兵士の最後の列の閲兵を終ろうとして・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・戦争の永年、軍隊の指導部員としての生活をして来て、軍規の野蛮さ、絶対命令に対するはかない抵抗としての兵士たちの仮病を見破りつづけて来た人々。死ぬものを「一丁あがり」と看守がいうような牢獄生活をつづけて来た人々。そういう不幸な痕跡をもった人々・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
出典:青空文庫