・・・何度となく警告しに来た青年団員がおしまいに少し腹を立てたらその時だけ消した。しかし青年団員が一町も行過ぎるとまた点燈した。尤も電燈を消さなかったのは風呂屋の主人であるが、それを消させなかったのは浴客である。サイレンが鳴り、花火が上がり、半鐘・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・この言葉の中には欧米学界の優越に対する正当なる認識と尊敬を含むと同時に、我国における独創的の研究の鼓吹、小成に安んぜんとする恐れのある少壮学者への警告を含んでいたのである。「どうも日本人はだめだ」と口癖のように言っていた、その言葉の裏にもや・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・あまり頻繁に見に来ると猫の神経を刺激して病気にさわると言って医師から警告を受けて帰ったものもあった。 物を言わない家畜を預かって治療を施す医者の職業は考えてみるとよほど神聖なもののような気がした。入院中に受けた待遇についてなんらの判断も・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・去年の秋の所見によると塩尻から辰野へ越える渓谷の両側のところどころに樹木が算を乱して倒れあるいは折れ摧けていた。これは伊那盆地から松本平へ吹き抜ける風の流線がこの谷に集約され、従って異常な高速度を生じたためと思われた。こんな谷の斜面の突端に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・「それほど分かっている事なら、何故津浪の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなこと・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・ わが国の地震学者や気象学者は従来かかる国難を予想してしばしば当局と国民とに警告を与えたはずであるが、当局は目前の政務に追われ、国民はその日の生活にせわしくて、そうした忠言に耳をかす暇がなかったように見える。誠に遺憾なことである。 ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・矢野竜渓の「経国美談」を読まない中学生は幅がきかなかった。「佳人の奇遇」の第一ページを暗唱しているものの中に自分もいたわけである。 宮崎湖処子の「帰省」が現われたとき当時の中学生は驚いた。尋常一様な現実の生活の描写が立派な文学でありうる・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・河の流れをたどって行く鉛筆の尖端が平野から次第に谿谷を遡上って行くに随って温泉にぶつかり滝に行当りしているうちに幽邃な自然の幻影がおのずから眼前に展開されて行く。谿谷の極まるところには峠があって、その向う側にはまた他の谿谷が始まる、それを次・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・注意しながら刈っていると、時々、猫がねらっている事を警告する子供の叫び声が聞かれた。この芝刈り鋏に対する猫の好奇心のようなものはずっと後までも持続した。もう紐切れやボールなどにはじゃれなくなった後でも、鋏を持って庭におりて行く私の姿を見ると・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・書くならばできるだけほんとうの径路を科学的に書く事によってすべての人の頭の奥に潜む罪の胚子に警告を与えるようなものにしたい。しかしそういう例外な事件の記事よりも、日常街頭や家庭に起こりつつある、一見平凡でそうして多数の人が軽々に看過していて・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫