・・・(実を云えばこの代官も、世間一般の人々のように、一国の安危に関 じょあん孫七を始め三人の宗徒は、村はずれの刑場へ引かれる途中も、恐れる気色は見えなかった。刑場はちょうど墓原に隣った、石ころの多い空き地である。彼等はそこへ到着すると、一々・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ その日彼は町中を引き廻された上、さんと・もんたにの下の刑場で、無残にも磔に懸けられた。 磔柱は周囲の竹矢来の上に、一際高く十字を描いていた。彼は天を仰ぎながら、何度も高々と祈祷を唱えて、恐れげもなく非人の槍を受けた。その祈祷の声と・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・「事務費のほうに計上しましたが……」「矢部に断わったか」 監督は別に断わりはしなかった旨を答えた。父はそれには別に何も言わなかったが、黙ったまま鋭く眼を光らした。それから食膳の豊かすぎることを内儀さんに注意し、山に来たら山の産物・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それから開墾当時の地価と、今日の地価との大きな相違はどうして起こってきたかと考えてみると、それはもちろん私の父の勤労や投入資金の利子やが計上された結果として、価格の高まったことになったには違いありませんが、そればかりが唯一の原因と考えるのは・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ここは昔地獄谷といって罪人の刑場だったそうだが、俺はただ仏様のいる慈悲の里とばかり思ってやってきたんだがね、そう聞いてみるとなるほどこの二年は地獄の生活だったよ。ここを綺麗にして出るとなると七八百の金が要るんだがね、逃げだしたためT君のよう・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 彼は刑場におもむく前、鎌倉の市中を馬に乗せられて、引き回されたとき、若宮八幡宮の社前にかかるや、馬をとめて、八幡大菩薩に呼びかけて権威にみちた、神がかりとしか思えない寓諫を発した。「如何に八幡大菩薩はまことの神か」とそれは始まる。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・生物の最下等の奴になるとなんだかロクに分らないのサ、ダッテ石と人間とは一所にならないには極ッてるが、最下等生物の形状はあんまり無生活物とちがいはしないのだよ。所を僕のねじねじ論で観念すると能く分るよ、但しあんまり能く分らない所が少し洒落てい・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・火災がおこり、相模、伊豆の海岸が地震とともにつなみをかぶりなぞして、全部で、くずれたおれた家が五万六千、焼けたり流れたりしたのが三十七万八千、死者十一万四千、負傷者十一万五千を出し、損害総額百一億円と計上されています。 東京の市街だけで・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」「それだから、走るのだ。信じられているから走るの・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・痩馬に乗せられ刑場へ曳かれて行く死刑囚が、それでも自分のおちぶれを見せまいと、いかにも気楽そうに馬上で低吟する小唄の謂いであって、ばかばかしい負け惜しみを嘲う言葉のようであるが、文学なんかも、そんなものじゃないのか。早いところ、身のまわりの・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫