・・・実際模範的な開化の紳士だった三浦が、多少彼の時代と色彩を異にしていたのは、この理想的な性情だけで、ここへ来ると彼はむしろ、もう一時代前の政治的夢想家に似通っている所があったようです。「その証拠は彼が私と二人で、ある日どこかの芝居でやって・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・が、その地金を何にするかと云う問題になると、岩田と上木とで、互に意見を異にした。 岩田は君公の体面上銀より卑しい金属を用いるのは、異なものであると云う。上木はまた、すでに坊主共の欲心を防ごうと云うのなら、真鍮を用いるのに越した事はない。・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・れた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定めるという世にいわゆる学者、宗教家達とは自らその信仰状態を異にする気の毒さはいう迄もない。 僕・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ この結論に達するまでの理路は極めて井然としていたが、ツマリ泥水稼業のものが素人よりは勝っているというが結論であるから、女の看方について根本の立場を異にする私には一々承服する事が出来なかった。が、議論はともあれ、初めは微酔気味であったの・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ このことは、古今、東西、国を異にし、また種族を異にしても相違のある筈はないでありましょう。こゝに思い至るたびに、私は、戦争ということが、頭に浮び、心が暗くなるのを覚えます。 戦争! それは、決して空想でない。しかも、いまの少年達に・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・という宣言の下に生れた芸術とは、全く選を異にする。一つは、太平時代の産物であり、装飾であり、娯楽であり、後者は、闘争的精神から生れた叫びである。純然行路を異にするのは、それがためであります。 階級闘争は必然であり、すべての人間的運動は、・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・「朝に道を聞かば夕に死すとも可なりというのと僕の願とは大に意義を異にしているけれど、その心持は同じです。僕はこの願が叶わん位なら今から百年生きていても何の益にも立ない、一向うれしくない、寧ろ苦しゅう思います。「全世界の人悉くこの願を・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・この敬の意識は物の価値、福利とは全く次元を異にする。倫理はこの人格価値感情を究竟の目的とすべきである。物の価値はただこの人格価値の手段としてのみ価値を持つのにすぎぬ。が人格価値はそれ自らの価値である。この人格価値を高めることが行為の目的であ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 聖書を読むまでと、読後とでは、人間の霊的道徳性はたしかに水準を異にする。プラトンとダンテとを読むと読まないとではその人の理念の世界の登攀の標高がきっと非常に相違するであろう。 高さと美とは一目見たことが致命的である。より高く、美し・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ついすると、小作料を差押えるにもそれが無いかも知れない小作人とは、彼は類を異にしていた。けれども、一家が揃って慾ばりで、宇一はなお金を溜るために健二などゝ一緒に去年まで町へ醤油屋稼ぎに行っていた。 村の小作人達は、百姓だけでは生計が立た・・・ 黒島伝治 「豚群」
出典:青空文庫