・・・や長椅子、壁に懸かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさを感じさせる、陰気なくらいけばけばしい、もう一つ形容すれば、どこか・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・赤坂だったら奴の肌脱、四谷じゃ六方を蹈みそうな、けばけばしい胴、派手な袖。男もので手さえ通せばそこから着て行かれるまでにして、正札が品により、二分から三両内外まで、膝の周囲にばらりと捌いて、主人はと見れば、上下縞に折目あり。独鈷入の博多の帯・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ けばけばしいなりをして、眉毛を剃り落した青白い顔の女中が、あ、と首肯き、それから心得顔ににっと卑しく笑って引き込み、ほとんどそれと入れちがいに、とみが銘仙を着て玄関に現われた。男爵には、その銘仙にも気附かぬらしく、怒るような口調で言っ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・など昔見たときは随分けばけばしい生ま生ましいもののような気がしたのに、今日見ると、時の燻しがかかったのか、それとも近頃の絵の強烈な生ま生ましさに馴れたせいか、むしろ非常に落着いたいい気持のするのは妙なものである。坂本繁二郎氏のセガンチニを草・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・そして若い柔らかい頭の中から、美に対する正しい感覚を追い出すためにわざわざ考案されたような、いかにもけばけばしい、絵というよりもむしろ臓腑の解剖図のような気味の悪い色の配合が並べられている。このような雑誌を買う事のできないほどに貧乏な子供が・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・芸者とも女優ともつかぬ此のけばけばしい風俗で良家を訪問することは其家に対しては不穏な言語や兇器よりも、遥に痛烈な脅嚇である。むかしの無頼漢が町家の店先に尻をまくって刺青を見せるのと同しである。僕はお民が何のために突然僕の家へ来たのかを問うよ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・殊に四、五人の女たちが、けばけばしい色の着物を着て、向うを歩いていましたし、おまけに雲がだんだんうすくなって日がまっ白に照ってきたからでした。 いつか校長も黄いろの実習服を着て来ていました。そして足あとはもう四つまで完全にとられたのです・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・その夢を託す一つのよすがとして、婦人雑誌はどれもこれも争ってけばけばしい表紙をつけてたくさんの服飾写真を載せています。到る処でいろいろな流行歌がうたわれています。アメリカ映画はどんどん入ってきます。銀座の街は植民地の店々のような色彩を溢らせ・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・その上すべての繰形に金が塗ってあるからけばけばしい、重いバルコニーの迫持の間にあって、重り合った群集の顔は暗紅色の前に蒼ざめ、奥へひっこみ、ドミエ風に暗い。数千のこのような見物に向って、オペラ用の大舞台がそろそろと巨大な幕をひらき、芸術座の・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・日本の女の服装は華やかさを内にひそめたものであり、外国の女はけばけばしい許りの原色を使うというような対比も、それをよむ日本の若い女性は、何となしはにかむだろうと思う。西洋の女の服装が、ただけばけばしいばかりのものでないことは、灰色の美しい扱・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
出典:青空文庫