・・・ しかるに、観聞志と云える書には、――斎川以西有羊腸、維石厳々、嚼足、毀蹄、一高坂也、是以馬憂これをもってうまかいたいをうれう、人痛嶮艱、王勃所謂、関山難踰者、方是乎可信依、土人称破鐙坂、破鐙坂東有一堂、中置二女影、身着戎衣服、頭戴烏帽・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・の、底知れずの水に浮いた御幣は、やがて壇に登るべき立女形に対して目触りだ、と逸早く取退けさせ、樹立さしいでて蔭ある水に、例の鷁首の船を泛べて、半ば紫の幕を絞った裡には、鎌倉殿をはじめ、客分として、県の顕官、勲位の人々が、杯を置いて籠った。―・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・中には三十年ぶりに逢う顕官もあった。 私はY氏に桂三郎を紹介することを、兄に約しておいたが、桂三郎自身の口から、その問題は一度も出なかった。彼が私の力を仮りることを屑よしとしていないのでないとすれば、そうたいした学校を出ていない自分を卑・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 室生犀星氏が近衛公や一部の顕官に逢い、一夕文学談を交したことで、軍人、官吏も文学を理解しようとする誠意を持っていると感激し、庶民出生の長い艱難多かった自身の閲歴をも忘却して、忻然として「行動の文学」を提唱し、勇躍して満州へ行く悲喜劇的・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・時には顕官や淑女がその邸宅の石門に与える自身の重力を考えながら自働車を駈け込ませた。時には華やかな踊子達が花束のように詰め込まれて贈られた。時には磨かれたシルクハットが、時には鳥のようなフロックが。しかし、彼は何事も考えはしなかった。 ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫