・・・或は、他のことを考えたり、或は、別のことを思ったりしていたら、結局欠伸をしたり、横を向いたり、つゝき合ったりしている、お行儀の悪い子供たちと、どこにもちがいがないでありましょう。 凡そ、お母さんや、お姉さんが、真理に対して功利的に考えず・・・ 小川未明 「読んできかせる場合」
・・・ 新次はしょっちゅう来馴れていて、二つ井戸など少しも珍らしくないのでしょう、しきりに欠伸などしていたが、私はしびれるような夜の世界の悩ましさに、幼い心がうずいていたのです。そして前方の道頓堀の灯をながめて、今通ってきた二つ井戸よりもなお・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかし、そのような時にも私の口は甘い言葉を囁かず、熱い口づけもせず、ただ欠伸をするためにのみ存在しているのであった。私は彼女に何の魅力も感じないどころか、万一まかり間違ってこの女と情事めいた関係に陥ったら、今は初々しくはにかんでいるこの女も・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 女中は急に欠伸をして、私眠くなって来たわ、ああいい気持、体が宙に浮きそう、少しここで横にならせて下さいね。蒲団の裾を枕にすると、もう前後不覚だった。二時間ばかり経って、うっとりと眼をあけた女中は、眠っていた間何をされたかさすがに悟った・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・と女は欠伸まじりに言い、束髪の上へ載せる丸く編んだ毛を掌に載せ、「帰らしてもらいまっさ」と言って出て行った。喬はそのまままた寝入った。 四 喬は丸太町の橋の袂から加茂磧へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・「其先を僕が言おうか、こうでしょう、最後にその少女が欠伸一つして、それで神聖なる恋が最後になった、そうでしょう?」と近藤も何故か真面目で言った。「ハッハッハッハッハッハッ」と二三人が噴飯して了った。「イヤ少なくとも僕の恋はそうで・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ そのうち磯が眠そうに大欠伸をしたので、お源は垢染た煎餅布団を一枚敷いて一枚被けて二人一緒に一個身体のようになって首を縮めて寝て了った。壁の隙間や床下から寒い夜風が吹きこむので二人は手足も縮められるだけ縮めているが、それでも磯の背部は半・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ すなわち学校、孤児院の経営、雑誌の発行、あるいは社会運動、国民運動への献身、文学的精進、宗教的奉仕等をともにするのである。二つ夫婦そらうてひのきしんこれがだいいちものだねや これは天理教祖みき子の数え歌だ。子を・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・エンゲルスはマルクスと、半世を献身的友情をもって共産主義宣伝のために働いた。『弁証法と自然』において、唯物弁証法を発展させ、『英国における労働階級の境遇』において、自由競争下の労働者の悲惨な実状を論じた。ラサールはマルクスと異なり、理念に導・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・オールドミスの職業婦人は特別な天才や、宗教的、事業的献身の場合のほかは見るも淋しく、惨めである。窮乏せる結婚生活が恋愛の墓場であるにしても、オールドミスの孤独地獄よりはなおまさっている。ヒステリーに陥らずに、瘠我慢の朗らかさを保ち得るものが・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
出典:青空文庫