一 島田沼南は大政治家として葬られた。清廉潔白百年稀に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を蓋うて定まる批評は燦爛たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。 沼南には最近十四、五年間会っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・土間へはいると、左手は馬小屋で、右手は居間と台所兼用の板敷の部屋で大きい炉なんかあって、まあ、圭吾の家もだいたいあれ式なのです。 嫁はまだ起きていて、炉傍で縫い物をしていました。「ほう、感心だのう。おれのうちの女房などは、晩げのめし・・・ 太宰治 「嘘」
・・・歌に景曲は見様体に属すと定家卿もの給うなり。寂蓮の急雨定頼卿の宇治の網代木これ見様体の歌なり。とあり。景気といい景曲といい見様体という、皆わが謂うところの客観的なり。もって芭蕉が客観的叙述を難しとしたること見るべし。木導の句悪句には・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・「いいえ、まるでちらばってますよ、それに研究室兼用ですからね、あっちの隅には顕微鏡こっちにはロンドンタイムス、大理石のシィザアがころがったりまるっきりごったごたです。」「まあ、立派だわねえ、ほんとうに立派だわ。」 ふんと狐の謙遜・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・を読み終ってから、私の心に起ったものは、世の中は見様で何と云う相違があることだろう! と云う驚きでした。例としてあげられた人々、場合は、勿論ありますでしょう。まして、私の狭い見聞は、米国の、而も紐育市附近の知識階級に限られていると云ってよろ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 一番思い出さるべき顔の様子までその様に自分のものは不明瞭であるから、これから書いて見様とする種々な時に起った様々な事柄の互の間には何の連絡もなく、理由も時間も明かでない事の方が多い。 また彼の死ぬまでの経歴等と云うものも私は云う積・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・が、いかにも気味の悪い形になって居て、見様では、よく西洋のお伽話の插絵の木のお化けそっくりに見え、風が北からザーッと一吹き吹くと、木のお化けは、幾百も幾千も大きな群になって、骨だらけの手をのばして私につかみかかろうとする様だ。川の水も減って・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・予の目ざすのはかくのごとき永遠に現在なる生命の顕揚である。予はあらゆる偶像の胸を通ずる一つの大いなる道を予感する。そうして過去未来にわたる全人類の努力が畢竟この道に向かって集まっていることを感ずる。永遠に現在なる生命はこの道の上にあって勇躍・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫