・・・両階級の私生児がいちはやく真の第四階級によって倒されるためには、すなわち真の無階級の世界が闢かれるためには、私生児の数および実質が支配階級という親を倒すに必要なだけを限度としなければならない。もしその数なり実質なりが裕かに過ぎたならば、ここ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 尤も私は飲んだり喰ったりして遊ぶ事が以前から嫌いだったから、緑雨に限らず誰との交際にも自ずから限度があったが、当時緑雨は『国会新聞』廃刊後は定った用事のない人だったし、私もまた始終ブラブラしていたから、懶惰という事がお互いの共通点とな・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、恰もそれが永久に負わされた悩みでもあるかのように転々反側するけれど、ものには限度のあるもので、その後には必ず喜びが来る。まして人間は忘却と云うものを有っている。忘却は総てのものに……永久の苦しみも喜びも、その人の人生観を一変させるほどの・・・ 小川未明 「波の如く去来す」
・・・彼は、機関銃のつつさきを最大限度に空の方へねじ向けた。 弾丸は、坂を馳せ登ってくる百姓や、女の頭の上をとびぬけ出した。「撃てッ、パルチザンが逃げ出して来るじゃないか、撃てッ!」 包囲線を見張っている将校は呶鳴りたてた。 兵士・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・栗本は、出された甲のすべっこい、小さい手を最大限度に力を入れて握ったと見せるために、息の根を止め、大便が出る位いきばった。その実、出来るだけ力を入れんようにして。「傷はまだ痛いか。」「はい。」「よしッ!」 軍医は出て行くよう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・或る程度の地位も得た、名声さえも得たようだ、得てみたら、つまらない、なんでもないものだ、日々の暮しに困らぬ程の財産もできた、自分のちからの限度もわかって来た、まあ、こんなところかな? この上むりして努めてみたって、たいしたことにもなるまい、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 二百八十円を限度として、東京朝日新聞よろず案内欄へ、ジュムゲジュムゲジュムゲのポンタン百円、食いたい。呑みたい。イモクテネ。と小さい広告おだしになれば、その日のうちにお金、お送り申します。五年まえ、おたがいに帝大の学生でした。あなたは藤棚・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 一日中に起った事柄の、どれを省略すべきか、どれを記載すべきか、その取捨の限度が、わからないのである。勢い、なんでもかでも、全部を書くことになって、一日かいて、もうへとへとになるのである。正確に書きたいと思うから、なるべくは眠りに落ちる・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・人の力の限度を知れ。おのれの力の限度を語れ。 私は、いま、多少、君をごまかしている。他なし、君を死なせたくないからだ。君、たのむ、死んではならぬ。自ら称して、盲目的愛情。君が死ねば、君の空席が、いつまでも私の傍に在るだろう。君が生前・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・自分の其の方面に於ける能力の限度が、少しずつ見えて来た。私は、二重に絶望した。銀座裏のバアの女が、私を好いた。好かれる時期が、誰にだって一度ある。不潔な時期だ。私は、この女を誘って一緒に鎌倉の海へはいった。破れた時は、死ぬ時だと思っていたの・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫