・・・ 好学心 三月が近づいて来る。試験のいろいろな記事が新聞に出はじめた。それらの記事を人は様々の心で読むだろうが、今年それらの記事に目をさらす幾千かの若い瞳の裡なる人生への思いを考えると、何か苦しくなる。実業学校・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・、経済上の必要に立つ人にとって不安なく就職口をもたらすばかりでなく、さらに、社会的生活の経験として職業につく決心をしている人たちにその実行をたやすくさせるのみならず、これまでなら、上の学校へゆくほどの好学心もなく、さりとて自発的に職業の場面・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・私のはじめての小説が発表されてから、母は、自分の満たされなかったいい意味での好学慾と、わるい傾向としての学問的世間的虚栄心とをごったまぜして、情熱的に私に集注しはじめた。母は雑誌社や新聞社との必要な交渉は自分が一番心得ているように思いこんで・・・ 宮本百合子 「母」
・・・ この作家の少年時代の好学心の具体化は常に父親のそういう態度との挌闘をもって、苦学の実力でもって結果的に闘いとられて行った跡が見える。十八の年、幾度か父親と衝突した揚句、漸く母のとりなしで上京。正則英語学校予備校に入ったこの時の有三は幾・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・工場から大学に通っている青年労働者のよろこびと誇りは現実に存在していないのだから、彼等の好学心や学生生活への憧れや、女の子が学生服の方がすきだということやら、いろいろからああいう服装が出来て、その姿で文化の上に或る一つの問題を示していると思・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・現代に、好学心と社会生活の安定とがこの位好都合に統一されることの出来た青年というのは境遇的に全く例外だと思う。この人はその例外的な事情の値うちを今日幾十万の青年たちの置かれている現実の有様と照らし合わせてどう自覚しているだろうか、という気が・・・ 宮本百合子 「若き時代の道」
・・・ そういう周囲と戦って、母は貧乏な工学士である父中條精一郎のところへかたづいて来たわけでした。父との結婚も母としては、若い娘らしいさまざまの空想に動かされたと言うより、極めて現実的な観察から承知したらしいのです。母は二人娘のあった長女で・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
・・・一定以上の高額税は、四ヵ年支払延期の許可がある。毎日の暮しを見ていれば、僅か三ヵ月でさえ経済事情は大変化しているのに、これから先四ヵ年の日本が同じ経済事情でのろのろと這って行くものと、誰が思おう。四年間の猶予ということは、取りも直さず、ずる・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・大塚先生の講義はその熱烈な好学心をひしひしと我々の胸に感じさせ、我々の学問への熱情を知らず知らずに煽り立てるようなものであったが、それに対して岡倉先生の講義は、同じく熱烈ではあるがしかし好学心ではなくして芸術への愛を我々に吹き込むようなもの・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫