・・・相当の実業家らしいのですが、財産やら地位やらを一言も広告しないばかりか、名誉の家だって事さえ素振りにあらわさず、つつましく涼しく笑って暮しているのですからね。あんな家庭は、めったにあるもんじゃない。」「名誉の家?」 私は名誉の家の所・・・ 太宰治 「佳日」
・・・マッチのペーパーや広告の散らし紙や、女の子のおもちゃにするおすべ紙や、あらゆるそう云った色刷のどれかを想い出させるような片々が見出されて来た。微細な断片が想像の力で補充されて頭の中には色々な大きな色彩の模様が現われて来た。 普通の白地に・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・あれはともかくも弁護の余地のない全く広告びら向きの絵のように思われた。広告びらの版画でも絵がよければ芸術であり、アメリカ人が高い金を出して買うのであるが。 彫刻部の列品は、もしか貰ったらさぞや困ることだろうと思うものが大部分であるが、工・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・そしてその文字は楷書であるが何となく大田南畝の筆らしく思われたので、傍の溜り水にハンケチを濡し、石の面に選挙侯補者の広告や何かの幾枚となく貼ってあるのを洗い落して見ると、案の定、蜀山人の筆で葛羅の井戸のいわれがしるされていた。 これは後・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・毎年十二月になると東京の町々には耶蘇降誕祭の贈物を売る商品の広告が目につく。基督教の洗礼をだに受けたことのないものが、この贈物を購い、その宗旨の何たるかを問わずして、これを人に贈る。これが今の世の習慣である。宗教を軽視し、信仰を侮辱すること・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・同時に広告欄にその文句を出すのも好まないというのである。私はやむをえないから、ここに先生の許諾を得て、「さようならごきげんよう」のほかに、私自身の言葉を蛇足ながらつけ加えて、先生の告別の辞が、先生の希望どおり、先生の薫陶を受けた多くの人々の・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・ことにただいま牧君の紹介で漱石君の演説は迂余曲折の妙があるとか何とかいう広告めいた賛辞をちょうだいした後に出て同君の吹聴通りをやろうとするとあたかも迂余曲折の妙を極めるための芸当を御覧に入れるために登壇したようなもので、いやしくもその妙を極・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・御門そのかたむきて橋上に頂根突けむ真心たふとをりにふれてよみつづけける吹風の目にこそ見えぬ神々は此天地にかむづまります独楽たのしみは戎夷よろこぶ世の中に皇国忘れぬ人を見るときたのしみは鈴屋・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・道後の旅店なんかは三津の浜の艀の着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。も一歩進めて、宇品の埠頭に道後旅館の案内がある位でなくちゃだめだ。松山人は実に商売が下手でいかん。」「なるほどこりゃ御城山に登る新道だナ。男も女も馬鹿に沢山・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・何せ今日から開業で、新聞にも広告したもんだからね。」ペンキ屋「はあ、それでようございましょうか。」爾薩待「ああ、いいとも、立派にできた。あのね、お金は月末まで待って呉れ給え。」ペンキ屋「あのう、実はどちらさまにも現金に願ってござ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
出典:青空文庫