・・・ ツワイクがドストイェフスキー論の中に言っているとおり、「ワイルドがその中で鉱滓となってしまった熱の中でドストイェフスキーは輝く硬度宝石に形づくられた。」 巨人の檻 バルザックは、徹底的に、雄渾に、執拗・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・この作品は第一作品集『秋』から『光子』『妻たち』『汽車の中で』『若い日』その他二十余年の間つみ重ねられてきたこの作家の、日本的な苦悩をさかのぼって照し出す感動的な一篇であった。このつましい、まじめな婦人作家は、永年にわたって彼女の一貫した題・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 参吉は或る私立大学の講師をしている傍ら、近代英文学の社会観とフランス文学のそれとの比較をテーマに研究しているのであった。「うちの伍長さんだって危いもんだわ」外套のボタンをはずしながら好子が云った。「落着かないわねえ。何万人もが・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・私たち作家の間で、お伽噺にあるよくばりのように、自分たちの持ち合わす誠実の量の抽象的なくらべっこなど全く必要がないばかりか、誠実そのものにしろ、日常の作家的進退の公私を貫ぬいた生きかたでだけ、存在を示し得るものと思います。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「不必要な誠実論」
・・・ 題材とか主題の扱いかたというものより一層肉体的生活的な文章の行と行との間に湧いて、読者をうって来るそういう大陸の圧力は、アメリカ文学ばかりでなく例えば、諷刺小説「黄金の仔牛」の肌あいにも十分感じられるし、魯迅の小説にも生々しく息づいて・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・ きのうなどでも、有田外相の答弁には、英国の極東支店長みたいなことをいうナとか、駐日公使! とかいう彌次が盛んにとんだ。辛辣のようだけれども、本当の心持で日本の対外関係を案じている傍聴人の耳に、そういう彌次の濫発が果して頼もしい代議士連・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・ 小さい門、リラの茂、薄黄色模様の絹の布団、ジャケツ、黄色のクッションにもたれて欧州婦人のジェスチュアをする五十五歳の光子クーデンホフ夫人。 宮本百合子 「無題(八)」
・・・山岸博士の推薦によって早稲田大学の講師となる。 一九一八年。記すべきほどのことなし。ただかなり真面目に勉強し続けていたので、肚の中に何かが漸く発育し始めたような気がする。 一九一九年。「津村教授」を帝国文学に発表。一行の批評も受けず・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・その婦人達がやがて選挙権を行使するのですからその人々のためにも、日本のためにも、不倖せなことです。これに反して、働く職場の婦人達は同じ年齢でもはるかに社会生活の真只中にあって、自分達の力で組合を強くさえすれば、文化的な面、娯楽的な面も、だん・・・ 宮本百合子 「若人の要求」
・・・ これらの仲間の中には繩の一端へ牝牛または犢をつけて牽いてゆくものもある。牛のすぐ後ろへ続いて、妻が大きな手籠をさげて牛の尻を葉のついたままの生の木枝で鞭打きながら往く、手籠の内から雛鶏の頭か、さなくば家鴨の頭がのぞいている。これらの女・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫