・・・彼らは案の定燕麦売揚代金の中から厳密に小作料を控除された。来春の種子は愚か、冬の間を支える食料も満足に得られない農夫が沢山出来た。 その間にあって仁右衛門だけは燕麦の事で事務所に破約したばかりでなく、一文の小作料も納めなかった。綺麗に納・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・もし思想からこの特色を控除したら、おそらく思想の生命は半ば失われてしまうであろう。思想は事実を芸術化することである。歴史をその純粋な現われにまで還元することである。蛇行して達しうる人間の実際の方向を、直線によって描き直すことである。もし社会・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ いかに孝女でも悪所において斟酌があろうか、段々身体を衰えさして、年紀はまだ二十二というのに全盛の色もやや褪せて、素顔では、と源平の輩に遠慮をするようになると、二度三度、月の内に枕が上らない日があるようになった。 扱帯の下を氷で冷す・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・万葉集の巻の三には大津皇子が死を賜わって磐余の池にて自害されたとき、妃山辺の皇女が流涕悲泣して直ちに跡を追い、入水して殉死された有名な事蹟がのっている。また花山法皇は御年十八歳のとき最愛の女御弘徽殿の死にあわれ、青春失恋の深き傷みより翌年出・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・夕刊売り、やめろ。」夕刊売り。孝女白菊。雪の日のしじみ売り、いそぐ俥にたおされてえ。風鈴声。そのほかの、あざ笑いの言葉も、このごろは、なくなって、枕もとの電気スタンドぼっと灯って居れば、あれは五時まえ、消えて居れば、しめた五時半、ものも言わ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・そしてそれは六神丸の原料を控除した不用な部分なんだ! 私は、そこで自暴自棄な力が湧いて来た。私を連れて来た男をやっつける義務を感じて来た。それが義務であるより以上に必要止むべからざることになって来た。私は上着のポケットの中で、ソーッとシ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・女帝から皇女、その他宮廷婦人をはじめ、東北の山から京へ上った防人とその母親や妻の歌。同時に遊女、乞食、そういう人までが詠んだ歌を、歌として面白ければ万葉集は偏見なく集めている。日本の古典の中に万葉集ほど人民的な歌集はなかった。万葉集以前の古・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・天皇はあらひと神ではなくて、人間の男であり、皇后、皇太子、皇女たちは、その妻や子息、息女であることがわからされた。 人々は、人間である天皇、人間である三笠宮に親愛感をもつことに馴れて来た。皇太子が、唯一の御馳走は、カレーライスだと思って・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・と感じて、その感じには物でも憑いているのではないかという迷信さえ加わったので、孝女に対する同情は薄かったが、当時の行政司法の、元始的な機関が自然に活動して、いちの願意は期せずして貫徹した。桂屋太郎兵衛の刑の執行は、「江戸へ伺中日延」というこ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・何ぜなら、コルシカの平民ナポレオンが、オーストリアの皇女ハプスブルグのかくも若く美しき娘を持ち得たことは、彼がヨーロッパ三百万の兵士を殺して贏ち得た彼の版図の強大な力であったから。彼はルイザを見たと同時に、油を注がれた火のようにいよいよロシ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫