・・・けれども厚生省はそのことについて、決して公平な見解を発表しなかった。公平な施設を急いで作る方向へと、輿論を起さなかった。驚くべきことは、統計局でさえも、昭和十八年以降は世間に向って発表すべき正確な統計を、あらゆる部面で持っていないということ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・地球上のあらゆる女性の真情と、沈着公正な精神を持つあらゆる雄々しい男性の希望とをこめて、二度と戦争なき世界を創ろうとする熱意に充ちているのである。第一次大戦、第二次大戦を凌いで来た、フランスの女性たちは婦人として最大の苦痛の中から起ち上って・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・外界の刺戟によって発動した自己の感激、意望というものを、一先ず、能う限り公正な謙虚な省察の鉄敷の上にのせ、容赦なく批判の力で鍛えて見る。いよいよこれに動きがないというところで、始めて主張するなら、飽くまでも主張するという、真に人をつくる練磨・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・ 私は更生といってよいほどの溌溂さを以て、自己の内的配置の移動を覚えました。永い間忘られていた純粋な歓喜が心を貫いて、涙をとどめ得なかった。何といおうか、人格の芯の芯まで光りが射し込み、自己内部に拘わっているものの純不純が一目瞭然とし、・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・明治の聖代になってから以還、分明に前人の迹を踏まない文章が出でたということは、後世に至っても争うものはあるまい。露伴の如きが、その作者の一人であるということも、また後人が認めるであろう。予はこれを明言すると同時に、予が恰もこの時に逢うて、此・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・どうぞあの舟の往く方へ漕いで行って下さいまし。後生でございます」「うるさい」と佐渡は後ろざまに蹴った。姥竹は舟ふなとこに倒れた。髪は乱れて舷にかかった。 姥竹は身を起した。「ええ。これまでじゃ。奥さま、ご免下さいまし」こう言ってまっ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・この注意を受けたのは、まだ本文を校正していた時であったから、どこかへギョオテの名を入れて入れられないこともなかった。しかし私は考えた。諺に大師は弘法に奪われたとか云うようなわけで、ファウストと云えばギョオテのファウストとなっているから、こと・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・ その後仲平は二十六で江戸に出て、古賀こがとうあんの門下に籍をおいて、昌平黌に入った。後世の註疏によらずに、ただちに経義を窮めようとする仲平がためには、古賀より松崎慊堂の方が懐かしかったが、昌平黌に入るには林か古賀かの門に入らなくてはな・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・此頃は談話の校正をさせて貰う約束をしても、ほとんど全くその約束が履行せられないことになって来ました。話には順序や語気があって、それで意味が変って来ます。先ず此頃談話して公にせられるものは、多くは本人の考とは違うものだと承知していた方が確なよ・・・ 森鴎外 「Resignation の説」
・・・認識とは悟性と感性との綜合体なるは勿論であるが、その客体を認識する認識能力を構成した悟性と感性が、物自体へ躍り込む主観なるものの展発に際し、よりいずれが強く感覚触発としての力学的形式をとるかと云うことを考えるのが、新感覚の新なる基礎概念を説・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫