・・・ここは構わないで、湯にでも入ったら可かろうと、湯治の客には妙にそぐわない世辞を言うと、言に随いて、ではそうさして頂きます、後生ですわ、と膠もなく引退った。畳も急に暗くなって、客は胴震いをしたあとを呆気に取られた。 ……思えば、それも便宜・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・通が私ゃ可哀そうだから、よう、後生だから。」 と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼くなりて、「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」 ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・紀は取ってもちっとは呼吸がわかりますので、せがれの腕車をこうやって曳きますが、何が、達者で、きれいで、安いという、三拍子も揃ったのが競争をいたしますのに、私のような腕車には、それこそお茶人か、よっぽど後生のよいお客でなければ、とても乗っては・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・とそう言って、……いきなり鏡台で、眉を落して、髪も解いて、羽織を脱いでほうり出して、帯もこんなに(なよやかに、頭あの、蓮葉にしめて、「後生、内証だよ。」と堅く口止をしました上で、宿帳のお名のすぐあとへ……あの、申訳はありませんが、おなじくと・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・、病人は飛立つばかり、どうぞお慈悲にと申しますのは、私共からもお願い申して上げますのでございますが、誠に申しかねましたが、一晩お傍で寝かしくださいまして、そうして本人の願を協えさしてやって下さいまし、後生でございますから。 それに様子を・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・「政夫さん、後生だから連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」 弁当は棉の中へ隠し、着物は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物だが、ほとんど・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この快楽を目して遊戯的分子というならば、発明家の苦辛にも政治家の経営にもまた必ず若干の遊戯的分子を存するはずで、国事に奔走する憂国の志士の心事も――無論少数の除外はあるが――後世の伝記家が痛烈なる文字を陳ねて形容する如き朝から晩まで真剣勝負・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・今の人が読むのみならず後世の人も実に喜んで読みます。バンヤンは実に「真面目なる宗教家」であります。心の実験を真面目に表わしたものが英国第一等の文学であります。それだによってわれわれのなかに文学者になりたいと思う観念を持つ人がありまするならば・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫