・・・これを知ったなら、お母さんは、いつも公正であるであろうし、やさしくあるでありましょう。 子供が、外から家へ入って来る時、どれ程こみ上げる程のなつかしさを持っていたか知れない。戸口を跨ぐや否や「お母さん!」と、呼ばずにはいられないのです。・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 思うに、半分は、屑とされて消滅し、半分は、自然消滅に帰するものと考えられますが、その中、幾何良書として後世にまで残存するであろうか。印刷術と製本術とが、機械でされるようになって以来、生産の簡易化は、全く書物に対する考え方を変えてしまい・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・それ故に、機械主義的な構成に、また強権主義的な指導に、真の創造はあり得ないであろう。 人間は、意識的に、形態を定めることはできる。しかし、詩を作り、幸福を産むことはできない。強権下には、永遠に、人生の平和はあり得ないごとく。たゞ、純情に・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・そして、その刹那から人知れず孜々として、更生の準備にとりかゝりつゝあるのを見よ。 人生は、また希望である。 小川未明 「名もなき草」
・・・「後生ですから、私のお母さんや、お父さんたちの、黄金時代のことを話してください。きくだけでも、生まれてきたかいがありますから。」と、彼女は、頼みました。「それは、野にも、山にも、圃にも、花という花はあったし、やんわりとした空気には、・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・ 芸術に、階級意識のあると否とを構成上の条件とするか、せざるかは、むしろ、作者がいかなる生活意識を有するかによって決定されることです。 知識階級が、単独な階級として、持続されないことは、今や、明かなことゝされています。大多数が支配階・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・ レーニンの革命が、よしや形の上に於て失敗する時があったとしても、クレムリンの聖者としての彼は、後世いかなる感化を人心に及ぼすであろうか。 いまは既に昔、ヤスナポリヤナに幾百人のつゝましやかな敬虔な心の深い青年が巡礼に出かけたであろ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・ たゞ、文芸の士に於ては、後世に遺した仕事の吟味である。果して、彼等の幾何、再検討を請求して、敢て恥ざるものがあるか、ということである。孤行高しとすることこそ、芸術家の面目でなければならぬ、衆俗に妥協し、資本力の前に膝を屈した徒の如きは・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・よう。後生だから勘弁してお呉れよ。」 いくら子供がこう言っても、爺さんは聞きませんでした。そうして、唯早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。 子供は為方なしに、泣く泣く空から下がっている綱を猿のように登り始めました。子供の姿・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・四年前――昭和六年八月十日の夜、中之島公園の川岸に佇んで死を決していた長藤十吉君を救って更生への道を教えたまま飄然として姿を消していた秋山八郎君は、その後転々として流転の生活を送った末、病苦と失業苦にうらぶれた身を横たえたのが東成区北生野町・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫