・・・、という字を戴いた雑誌その他の出版物は、紙の払底や印刷工程の困難をかきわけつつ、雑踏してその発刊をいそいでいる。 しかし、奇妙なことに、そういう一面の活況にもかかわらず、真の日本文化の高揚力というものが、若々しいよろこびに満ちた潮鳴りと・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ 私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色になって落ちた藤の葉や桜の葉を見つめて居た。 その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリンスの袷を着て居たと覚えて・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・第一次欧州大戦が終ったばかりで、人道的な英雄としてベルギーの皇帝・皇后がコロンビア大学に招待された初夏の光景は壮麗に思い出される。勇敢な看護婦・皇后エリザベスは小柄で華奢で、しかも強靭な身ごなしで、歩道によせられた自動車から降り立った。その・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・それはベルギーのアルベール皇帝とエリザベート皇后とであった。この活動の間にマリアは多くの危険にさらされ、一九一五年の四月のある晩は、病院からの帰り、自動車が溝に落ちて顛覆して負傷したこともあった。が、娘たちがそのことを知ったのは再び彼女が出・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・知られているとおり、ウィルヘルム二世はビスマークの扶けをもって、正義と皇帝の絶対権とを結びつけて人民にのぞんだが、十九世紀前半のその頃の欧州は近代社会の経済事情の飛躍とともにウィルヘルム、ビスマークのその政治につよく反対していた。文学におい・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・ 女生徒たちは、自分達の教室や校庭を、軍隊に荒らされることは辛く思いながら辛棒していたのに、乱暴にも学生にとって誇りと愛とのしるしである校標を溝へ投げこまれたことについて深い憤りを感じた。みんなの心がそのことを腹立たしく思う気持で結・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・私たちの世紀は、資本主義的な民主主義、社会主義的な民主主義、そして、おくれながらもつよく翼を羽ばたいて歴史の二行程を同時に推進する必然におかれている中国や日本などの新民主主義と、この三つの民主主義の進行が世紀の実質をなしているのであるから。・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・又公定賃金では製本もなかなか出来ない。どうしても作って行こうとすると、高い本しか出来ないようになっているのです。こういう文化的のことは、政治とはちょっと関係がないようなことであるけれど、はっきり、いまの社会の経済問題、政治の問題というものと・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・小学校の校庭の騒ぎはまさに絶頂。風でがたつく障子を眺めながら私は考えている、この家は仕様がないな。斯うすき間だらけでは、と。 私は大変風がきらいなことを御存じだったかしら。このことと、むき出しの火を見ることが好きでない点は父方の祖母のお・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・去年の花床として、見わたしておもてに見える高低だけ言われている土のなかには、その花が咲いたら面白いだろうと思う球根が、いくつか放ったらかしになっている。そんな風にも感じる。そして、この感じは、まとめて表現しにくいままに、案外ひろく人々の心の・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫