・・・うちつづく戦争と理性殺戮の年々に、日本の文化と文学にのこされたものは荒廃でしかなかった。そして、軍部と軍国主義教育は前線で、日本人民がそれを自分たちの行為として承認することを不可能と感じるほどの惨虐が行われた。敵という関係におかれた他の国の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・それとも友達、同時代人、或は先輩後輩であろうか。 かりに、自分が当夜の主人公であり、画業何十年かの果にこういう席のわり当ての還暦の祝を催されたとしたら、私は戦慄を禁じ得なかったろうと思う。 芸術家は孤独をおそれない勇気を常にもたなけ・・・ 宮本百合子 「或る画家の祝宴」
・・・ そして、そういう現代の女性の比較的表現されていない気持は、後輩や娘たちが当事者として、異性との間に友情と恋愛の感情の区別をはっきり自覚しないでいろいろ混迷しているとおり、やはり事態に対して何となし判断の混乱におかれている場合がすくなく・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・という兄について彼は部落を歩きまわり、ことごとに部落の荒廃を目撃する。盆の十四日が百姓平次郎に鉈をふるわせる厄日であり、室三次の命の綱である馬が軍隊に徴発され、その八十円を肥料屋と高利貸に役場で押えられた室三次の女房は絶望して発狂した等々。・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・あらゆる日本の隅々から、あらゆる日本の町々から、日本の人民の議論と、笑いと、真摯な物語りとやさしい心情の流露とが溢れて、荒廃した日本を沃土としなければならないのである。 日本は、このように小さい島である。けれども、南と北に弓なりに張られ・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・もう暗いので、朧に仏像の金色が見えただけ、木像、光背も木。余り立派な顔の仏でないようだ。境内宏く、古びた大銀杏の下で村童が銀杏をひろって遊んでいる。本堂の廊から三つの堂を眺めた風景、重そうな茅屋根が夕闇にぼやけ、大銀杏の梢にだけ夕日が燃ゆる・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・麻なぞ作って骨折るだけ損だと麻畑は荒廃にまかされた。 ソヴェトの工業はどこから必要な四七パーセントの国内的原料をとって来たらいいのか? 工場は完全に革命的労働者に管理されながら原料が足りない。軽工業生産品が出来ないから、したがって農民の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・高見順という作家は「毅然たる荒廃」を主張しているそうですが、バーや女給やデカダンスの中では毅然たるものが発生しにくいし他に生活はないし、背骨が立たぬから説話体をこね上げたらし。解子さんなどこういう才能の跳梁に「私は小説を書いてゆけるかしら」・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 太郎はまだ後輩故卓上を握ってア、ア、というだけ。 きのう二百哩ばかりドライヴをした、いろいろの話を書くのが順のようだけれども、きょうはあなたが八月二十二日に書いて下すった手紙が朝食堂のテーブルの上にのっていたので、先ずそのお礼を申・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・山によりわけて、健全なものときまった方のものは、どんな応用のしかたをしてもその健全さは変らないと、金剛石さえ焼ければ消えることのある現実を忘れたような解釈が、知らず識らず毎日の中に流れこんで、心の畑を荒廃に向けているようなことはないだろうか・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫