・・・瘤の中にさえ竜が居たなら、ましてこれほどの池の底には、何十匹となく蛟竜毒蛇が蟠って居ようも知れぬ道理じゃ。』と、説法したそうでございます。何しろ出家に妄語はないと日頃から思いこんだ婆さんの事でございますから、これを聞いて肝を消しますまい事か・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ なんにもしない、人間を、一ツの警察から、次の警察へ、次の警察から、又その次の警察へ、盥廻しに拘留して、体重が二貫目も三貫目も減ってしまった例がいくらでもある。会合が許されない。僕の友人は、労働歌を歌っていて、ただ、それだけで一年間尾行・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・恵子が淫売で拘留されたことがあるとか、家の裏に抜穴があるとか、もっと詳しいことが噂立った。龍介はイライラしてきた。恵子を信じていても、やはりそんなことがいろいろに意識のうちに入ってきて、不快だった。しかしそれと同時に、彼は恵子をすっかり自分・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・したが、こんどは、いかなる武器をも持ってはならん、素手で殴ってもいかん、もっぱら優美に礼儀正しくこの世を送って行かなければならん、というまことに有りがたい御時勢になりまして、そのためにはまず詩歌管絃を興隆せしめ、以てすさみ切ったる人心を風雅・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・人の言葉が、犬と人との感情交流にどれだけ役立つものか、それが第一の難問である。言葉が役に立たぬとすれば、お互いの素振り、表情を読み取るよりほかにない。しっぽの動きなどは、重大である。けれども、この、しっぽの動きも、注意して見ているとなかなか・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・動物との肉体交流を平気で肯定しているのである。或る英学塾の女生徒が、Lという発音を正確に発音したいばかりに、タングシチュウを一週二回ずつの割合いで食べているという話も亦、この例である。西洋人がLという発音を、あんなに正確に、しかも容易にこな・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ つまらない事ではあるが、拘留された俘虜達が脱走を企てて地下に隧道を掘っている場面がある、あの掘り出した多量な土を人目にふれずに一体どこへ始末したか、全く奇蹟的で少なくも物質不滅を信ずる科学者には諒解出来ない。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・哀れな小駅であったが、来て見るとまず大きな料理屋兼旅館が並んでいる間にペンキ塗りの安西洋料理屋があったり、川の岸にはいろんな粗末な工場があったり、そして猪苗代湖の水力で起こした電圧幾万幾千ボルトの三相交流が川の高い空をまたいでいるのに驚かさ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・これに類した問題は液体の交流に関するものである。 現今物理学の研究問題は、分子、原子、エレクトロン、エネルギー素量となって、至るところに混乱系が跳梁している。プロバビリティの問題、エントロピーの時計の用途は存外に広いという事を思い出すに・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・最初にやった実験は、電流計の磁針が交流でふれることに関するものであって、その結果は同年の British Association で報告している。その外の実験は色に関するものや、電気感応と惰性とのアナロジーなどに関するもので、これに関するマ・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫