・・・君なんぞは気をつけないと、すぐにメリメの毒舌でこき下される仲間らしいな。』三浦『いや、それよりもこんな話がある。いつか使に来た何如璋と云う支那人は、横浜の宿屋へ泊って日本人の夜着を見た時に、「是古の寝衣なるもの、此邦に夏周の遺制あるなり。」・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ その後にようやく景気が立ちなおってからも、一流の大家を除く外、ほとんど衣食に窮せざるものはない有様で、近江新報その他の地方新聞の続き物を同人の腕こきが、先を争うてほとんど奪い合いの形で書いた。否な独り同人ばかりでなく、先生の紹介によっ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・何のことはないまるで子供の使いで、社内でも、おい子供、原稿用紙だ、給仕、鉛筆削れと、はっきり給仕扱いでまるで目の廻わるほどこき扱われた。一日で嫌気がさしてしまったが、近いうちに記者に昇格させてやると言われたのを当てにして、毎日口惜し涙を出し・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 父親は偏窟の一言居士で家業の宿屋より新聞投書にのぼせ、字の巧い文子はその清書をしながら、父親の文章が縁談の相手を片っ端からこき下す時と同じ調子だと、情なかった。 秋の夜、目の鋭いみすぼらしい男が投宿した。宿帳には下手糞な字で共産党・・・ 織田作之助 「実感」
・・・吐き出す呼気が凍って、防寒帽の房々した毛に、それが霜のようにかたまりついた。 彼等は、家庭の温かさと、情味とに飢え渇していた。西伯利亜へ来てから何年になるだろう。まだ二年ばかりだ。しかし、もう十年も家を離れ、内地を離れているような気がし・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・この竿は鮎をねらうのではない、テグスでやってあるけれども、うまくこきがついて順減らしに細くなって行くようにしてあります。この人も相当に釣に苦労していますね、切れる処を決めて置きたいからそういうことをするので、岡釣じゃなおのことです、何処でも・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・おてる、けいこあいすみ、どんなゆめを見るのぢや、と子どもらしきこと、せがむゆゑ、もうじんもゆめわ見るわい、ゆうべのゆめであつた、にんぎやうが、琴さみせん、こきうふゑ、つづみ、たいこにて、ゑてんらくを合はせけるに、おわるやいなや、なりものを、・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・舞台の右端から流れだす義太夫音楽の呼気がかからなければ決してあれだけの効果を生ずることはできないのはもちろんである。それかといって、人形の演技は決してこの音楽のただの伴奏ではなくて、聴覚的音楽に対する視覚的音楽の対位法であり、立派な合奏であ・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむっくり起上がって、まるで猛獣の吼えるような声を出したりまた不思議な嘯くような呼気音を立てたりする。この巫女の所作にもどこか我邦・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・面をかぶるとこの焦げ臭いにおいがいっそうひどい、そうして自分のはき出す呼気で面の内側が湿って来ると魚膠のにおいやら浅草紙のにおいやらといっしょになって実に胸の悪い臭気をかもし出すのであった。五十年後の今日でもありありこの臭気を思い出すことが・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫