・・・それまでは、何処やら君の虚偽を感じてはいてもはっきり君を憎むという心もなかったが、その時から僕は君を憎み始めて、君から遠ざかるようにした。その後僕は君と交っている間、君の毒気に中てられて死んでいた心を振い起して高い望を抱いたのだが、そのお蔭・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・といったことは、佐多稲子の小説「虚偽」の中に痛切な連関をもってわたしたちを再び考えさせる。日本ロマン派の亀井勝一郎、保田与重郎などが、あの時代「抽象的な情熱」として万葉王朝時代の文化の讚美をおこなった。そのことは、こんにちの亀井勝一郎のジャ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・作者が恋愛した人との現実で苦しんでいた、人生に対する対手の狐疑な生活経験からたくわえられたものであった。作者が重い比重で自分の存在にのしかかって来て、深い悲しみを与えられた人間のそういう気持を、資本主義社会の逆境で歪んで来た人間性においてと・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・作者は忠直卿とともに、人間関係の真率、偽りなさ、まことの現実を求める人間の情熱を辿ってはいるが、虚偽を生む社会関係を主体的に忠直卿から判断させてはいない。被動的に隠居仰せつけられその外力によって、社会関係の一部が変えられる迄は、さながら、自・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・を建設しようとする本性が伸張されなければならないいまになっても、しいられてできた内部抵抗の癖は、そこまで心情を脱却させないで、これを、民主主義への懐疑、政治的・芸術的良心への疑惑、人間性発展の確信への狐疑として理屈ありげに表現させている点に・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・多くのインテリゲンチアが、自分たちはこれでいいのだと自身にいいきかせつつ、自身の思考力を疑ったり、その思考生活を狐疑したりしている間に立って、横光は処女作「日輪」にもすでにうかがえる生活力の強引さで、自分の独断を強引に文学の中に具体化しよう・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・自分が信ぜない事を、信じているらしく行って、虚偽だと思って疚しがりもせず、それを子供に教えて、子供の心理状態がどうなろうと云うことさえ考えてもみないのではあるまいか。倅は信仰はなくても、宗教の必要を認めると云うことを言っている。その必要を認・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・製作者自身は真実を書いているつもりでも、興奮に足をさらわれて手綱の取り方をゆるがせにすれば、書かれた物の内からは必ず虚偽が響き出る。大業にすることはすなわち致命傷であった。 私はこの点に自己を警戒すべき重大事を認めた。いかに苦しんでも苦・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・狡猾と虚偽とを享楽するらしい一人の虚無主義者は、自らを彼の奴隷のごとくに感じている。彼を殺そうとした者は死の前に平然たる彼の態度によって、心の底から覆えされた心持ちになる。これらすべては何によって起こるか。人格の上に働きかける力と、その力を・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫