・・・そして画を検査してから、「售れないなら售れないで、原物を返してくれるべきに、狡いことをしては困る」というと、「飛んでもない、正しくこれは原物で」と廷珸はいい張る。「イヤ、そうは脱けさせない。自分は隠しじるしをして置いた、それが今何処にある。・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・しかし思いのほかに目鼻立の整った、そして怜悧だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆げてはいない、狡いか善良かどうかは分らないが、ただ無茶ではない、ということだけは読取れた。 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
一 むかしむかし、或山の上にさびしい湖水がありました。その近くの村にギンという若ものが母親と二人でくらしていました。 或日ギンが、湖水のそばへ牛をつれていって、草を食べさせていますと、じきそばの水の・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ANNA CROISSANT-RUST 一群の鴎が丁度足許から立って、鋭い、貪るような声で鳴きながら、忙しく湖水を超えて、よろめくように飛んで行った。「玉を懐いて罪あり」AMADEUS HOFFMANN 路易第十四世の寵愛が、メ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・無心にたずねるKの眼は、湖水のように澄んでいる。 私は、ざぶんと湯槽に飛び込み、「Kが生きているうち、僕は死なない、ね。」「ブルジョアって、わるいものなの?」「わるいやつだ、と僕は思う。わびしさも、苦悩も、感謝も、みんな趣味だ。・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・卵のかげにパセリの青草、その傍に、ハムの赤い珊瑚礁がちらと顔を出していて、キャベツの黄色い葉は、牡丹の花瓣のように、鳥の羽の扇子のようにお皿に敷かれて、緑したたる菠薐草は、牧場か湖水か。こんなお皿が、二つも三つも並べられて食卓に出されると、・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・もっとも甲府盆地くらいの大きい盆地を創るには、周囲五、六十里もあるひろい湖水を掻乾しなければならぬ。 沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
どこかへ旅行がしてみたくなる。しかし別にどこというきまったあてがない。そういう時に旅行案内記の類をあけて見ると、あるいは海浜、あるいは山間の湖水、あるいは温泉といったように、行くべき所がさまざま有りすぎるほどある。そこでま・・・ 寺田寅彦 「案内者」
ウェルダアの桜 大きな河かと思うような細長い湖水を小蒸気で縦に渡って行った。古い地質時代にヨーロッパの北の半分を蔽っていた氷河が退いて行って、その跡に出来た砂原の窪みに水の溜ったのがこの湖とこれに連なる沢・・・ 寺田寅彦 「異郷」
出典:青空文庫