・・・そのかわり、遠野の里の彼のごとく、婦にこだわるものは余り多からず。折角の巨人、いたずらに、だだあ、がんまの娘を狙うて、鼻の下の長きことその脚のごとくならんとす。早地峰の高仙人、願くは木の葉の褌を緊一番せよ。 さりながらかかる太平楽を並ぶ・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 私はかようなことに好んでこだわるのではない。青春にとってこれは重要なことであって触れずにおれないのだ。誰しも青春の長いことを望まぬものはあるまい。その長さは人生の幸福をはかる重要な尺度である。これは青春のすぎ去った者のしみじみ思うとこ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・別段、こだわるわけではありませんが、作州の津山から九里ばかり山奥へはいったところに向湯原村というところがありまして、そこにハンザキ大明神という神様を祀っている社があるそうです。ハンザキというのは山椒魚の方言のようなものでありまして、半分に引・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・なんでそんなに、お金にこだわることがあるのでしょう。いい画さえ描いて居れば、暮しのほうは、自然に、どうにかなって行くものと私には思われます。いいお仕事をなさって、そうして、誰にも知られず、貧乏で、つつましく暮して行く事ほど、楽しいものはあり・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・「何もそんなに、北さんにこだわる事は無いでしょう。」「そうもいかない。北さんには、僕は今まで、ずいぶん世話になっているんだから。」「それは、まあ、そうでしょう。でも、北さんだって、まさか、――」「いや、だから、北さんに相談し・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ばかばかしく、こだわるようであるが、これにもまた、わけがあるのである。いったいに、私は誤解を受けている。めちゃ苦茶である。さすがに、言うにしのびない、ひどい形容詞を、五つも六つも、もらっている。これは、私が悪いのである。そんなひどい形容詞を・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・お洒落の無常を察して、以後は、やぶれかぶれで、あり合せのものを選択せずに身にまとい、普通の服装のつもりで歩いていたのであるが、何かと友人たちの批評の対象になり、それ故、臆して次第にまた、ひそかに服装にこだわるように、なってしまったようである・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・たべものなんかにこだわるのは、いやしい事だ。本当に、はずかしい事だ。 人間の眼玉は、風景をたくわえる事が出来ると、いつか兄さんが教えて下さった。電球をちょっとのあいだ見つめて、それから眼をつぶっても眼蓋の裏にありありと電球が見えるだろう・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・ 私は自分を変人とも、変った男だとも思ったことはなく、きわめて当り前の、また旧い道徳などにも非常にこだわる質の男です。それなのに、私が道徳など全然無視しているように思っている人が多いようですが、事実は全くその反対だ。 けれども、私は・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・家族連れで出かけるとその上に家族にこだわるので疲れ方が一層はげしかった。それだのに、どうしたことか、近頃はそれほど人にこだわらないで花が見られるようになったらしい。これが全くこだわらなくなる頃にはもう花が見られなくなるかもしれない。・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫