・・・と思うから紹介するだけでありますが、すべて一分間の意識にせよ三十秒間の意識にせよその内容が明暸に心に映ずる点から云えば、のべつ同程度の強さを有して時間の経過に頓着なくあたかも一つ所にこびりついたように固定したものではない。必ず動く。動くにつ・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・放翁は古体今体を混じて千以上の詩篇を作りしにあらずや。ただ驚くべきは蕪村の作が千句ことごとく佳句なることなり。想うに蕪村は誤字違法などは顧みざりしも、俳句を練る上においては小心翼々として一字いやしくもせざりしがごとし、古来文学者のなすところ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・「ほんとうの美はそんな固定した化石した模型のようなもんじゃないんです。対称の法則に叶うって云ったって実は対称の精神を有っているというぐらいのことが望ましいのです。」「ほんとうにそうだと思いますわ。」樺の木のやさしい声が又しました。土・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・従って、その固定観念への闘争は十八世紀ぐらいから絶えず心ある男女によって行われてきているということは注目すべきことだと思う。それらの運動は単純に家長的な立場から見られている女らしさの定義に反対するというだけではなくて、本当の女の心情の発育、・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・自己放棄の道を通ってさえも秋声は常に動く人生の中に自分をおいて、ともに動いて自分を固定させなかったということを秋声短論の中で広津和郎氏が云っているのは、秋声の根本の特色をとらえていると思う。 秋声は、ほんとうに自分を生きながら記念像とし・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・統一は、図式弁証法への定式化によって、二つの問題を正・反と対置したところから何か固定した形で結論として出てくるのでは決してない。 鈴木清は論文の中で「作品はなるほど組織活動なしにも書き得る。然し問題は別してそれらの創作がプロレタリア文学・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・昔は人間の心の内容を知・情・意と三つのものにわけて知は理解や判断をつかさどり、情は感情的な面をうけもち、意は意志で、判断の一部と行動とをうけもつという形式に固定して見られ、今でもそのことは、曖昧にうけいれられたままになっている点が多い。だか・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・いつからか一般人の知識にこんな文句が入り込んで、その固定観念で自繩自縛に陥っている、そんな気がした。所有欲は本能だというのも同じだ。 七月○日 月曜日 暑し。 Yの発起で芝浦のお台場を見物に行く。芝浦から日覆いをかけた発動和・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・天気のよい日で、明るい往来に、実に尨大な石の布袋が空虚な大口をあけて立って居る傍から入ると、何処か、屋敷の塀に一方を遮られ、一方には小体な家々の並んだ細道は霜どけで、下駄が埋る有様である。 暫く行くと、古びた木の門が見えた。一方の柱に岡・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・この様式もいつの時かに始まり、そうして後に固定したものに相違ない。が、その謎めいて古い起源が我々には魔力的に感ぜられるのである。 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫