・・・上野行、浅草行、五六台も遣過ごして、硝子戸越しに西洋小間ものを覗く人を透かしたり、横町へ曲るものを見送ったり、頻りに謀叛気を起していた。 処へ…… 一目その艶なのを見ると、なぜか、気疾に、ずかずかと飛着いて、下りる女とは反対の、車掌・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・いまの並べた傘の小間隙間へ、柳を透いて日のさすのが、銀の色紙を拡げたような処へ、お前さんのその花についていたろう、蝶が二つ、あの店へ翔込んで、傘の上へ舞ったのが、雪の牡丹へ、ちらちらと箔が散浮く…… そのままに見えたと思った時も――箔―・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・広間の周囲には材料室とか監督官室とかいう札をかけた幾つかの小間があった。梯子段をのぼった処に白服の巡査が一人テーブルに坐っていた。二人は中央の大テーブルに向い合って椅子に腰かけた。「どうかね、引越しが出来たかね?」「出来ない。家はよ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。それは人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。 しかし、昨日、・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・路傍に茣蓙を敷いてブリキの独楽を売っている老人が、さすがに怒りを浮かべながら、その下駄を茣蓙の端のも一つの上へ重ねるところを彼は見たのである。「見たか」そんな気持で堯は行き過ぎる人びとを振り返った。が、誰もそれを見た人はなさそうだった。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・それは、見事な癇高いうなり声をあげて回転する独楽のように、そこら中を、はげしくキリキリとはねまわった。「や、あいつは手負いになったぞ。」 彼等は、しばらく、気狂いのようにはねる豚を見入っていた。 後藤は、も一発、射撃した。が、今・・・ 黒島伝治 「前哨」
一 独楽が流行っている時分だった。弟の藤二がどこからか健吉が使い古した古独楽を探し出して来て、左右の掌の間に三寸釘の頭をひしゃいで通した心棒を挾んでまわした。まだ、手に力がないので一生懸命にひねっても、独楽・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ 生ぐさい血に染った土が薄気味悪く足に触れた。小間切を叩きつけたような肉片や、バラ/\になった骨や肉魂がそこらに散乱していた。吹き飛ばされると同時に、したゝかにどっかを打ったらしい妊婦は、隅の方でヒイ/\虫の息をつゞけていた。 二十・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・其他に慰みとか楽みとかいって玩弄物を買うて貰うようなことは余り無かったが、然し独楽と紙鳶とだけは大好きであっただけそれ丈上手でした。併し独楽は下劣の児童等と独楽あてを仕て遊ぶのが宜くないというので、余り玩び得なかったでした。紙鳶は他の子供が・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・これを我野通りと称えて、高麗より秩父に入るの路とす。次には川越より小川にかかり、安戸に至るの路なり。これを川越通りと称え、比企より秩父に入るの路とす。中仙道熊谷より荒川に沿い寄居を経て矢那瀬に至るの路を中仙道通りと呼び、この路と川越通りを昔・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫