・・・ 生憎、その内に、僕は小用に行きたくなった。 ――厠から帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」の後には、黒い紗の覆面をした人が一人、人形を持って立っている。 いよいよ、狂言が始まったのであろう。僕は・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・ 私は、仲入りに廊下へ出ると、すぐに妻を一人残して、小用を足しに参りました。申上げるまでもなく、その時分には、もう廻りの狭い廊下が、人で一ぱいになって居ります。私はその人の間を縫いながら、便所から帰って参りましたが、あの弧状になっている・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ そこで一緒に小用を足して、廊下づたいに母屋の方へまわって来ると、どこかで、ひそひそ話し声がする。長い廊下の一方は硝子障子で、庭の刀柏や高野槙につもった雪がうす青く暮れた間から、暗い大川の流れをへだてて、対岸のともしびが黄いろく点々と数・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 枝に残った枯葉が若芽にせきたてられて、時々かさっと地に落ちた。天鵞絨のように滑かな空気は動かないままに彼れをいたわるように押包んだ。荒くれた彼れの神経もそれを感じない訳には行かなかった。物なつかしいようななごやかな心が彼れの胸にも湧い・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度と・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・勝手に掴み取りの、梟に枯葉で散り散りばらばら。……薬臭い寂しい邸は、冬の日売家の札が貼られた。寂とした暮方、……空地の水溜を町の用心水にしてある掃溜の芥棄場に、枯れた柳の夕霜に、赤い鼻を、薄ぼんやりと、提灯のごとくぶら下げて立っていたのは、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・この方は笠を上にした茶褐色で、霜こしの黄なるに対して、女郎花の根にこぼれた、茨の枯葉のようなのを、――ここに二人たった渠等女たちに、フト思い較べながら指すと、「かっぱ。」 と語音の調子もある……口から吹飛ばすように、ぶっきらぼうに古・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ と心得たもので、「照焼にして下さい。それから酒は罎詰のがあったらもらいたい、なりたけいいのを。」 束髪に結った、丸ぽちゃなのが、「はいはい。」 と柔順だっけ。 小用をたして帰ると、もの陰から、目を円くして、一大事そ・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・……頭に樹の枝をかぶったり、かずらや枯葉を腰へ巻いたり……何の気もなしに、孫八ッて……その飴屋の爺さんが夜話するのを、一言……」 「焼火箸を脇の下へ突貫かれた気がしました。扇子をむしって棄ちょうとして、勿体ない、観音様に投げう・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と、掌をもじゃもじゃと振るのが、枯葉が乱れて、その頂の森を掻乱すように見え、「何かね、その赤い化もの……」「赤いのが化けものじゃあない――お爺さん。」「はあ、そうけえ。」 と妙に気の抜けた返事をする。「……だから、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫