・・・さりながらあだ面倒な趣向などを凝らすのも、予のような怠けものには、何より億劫千万じゃ。ついては今日から往来のその方どもに、今は昔の物語を一つずつ聞かせて貰うて、それを双紙に編みなそうと思う。さすれば内裡の内外ばかりうろついて居る予などには、・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・その続きに「第九輯百七十七回、一顆の智玉、途に一騎の驕将を懲らすといふ一段を五行或は四行の大字にものしぬるに字行もシドロモドロにて且墨の続かぬ処ありて読み難しと云へば其を宅眷に補はせなどしぬるほどに十一月に至りては宛がら雲霧の中に在る如く、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ところが、ちいさな時分から自分のそばに置いた太郎や次郎を打ち懲らすことはできても、十年他に預けて置いた三郎に手を下すことは、どうしてもできなかった。ある日、私は自分の忿りを制えきれないことがあって、今の住居の玄関のところで、思わずそこへやっ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ある主婦が盗み食いをする下女を懲らすためにお菓子の中へ吐剤を入れておいた話も聞きました。スタルク嬢は下稽古でおそくなってやって来ました。この人はいつでも忙しい忙しいといっています。田舎芝居で毎日変わった物を演ずるので、下読みが忙しいそうです・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・男の児は両方の白眼を凝らすように気をいれて何か考えている風だったが、やがて、オリーヴ色のスウェタアから出ている小さな頭をふって、ちがうよ、と云った。ちがうじゃないか、ヤーホーじちちゃんが支那の兵隊さん、コツンしたんだよ。と云った。その児の母・・・ 宮本百合子 「くちなし」
出典:青空文庫