・・・ 感ずる仔細がありまして、私は望んで僻境孤立の、奥山家の電信技手に転任されたのです。この職務は、人間の生活に暗号を与えるのです。一種絶島の燈台守です。 そこにおいて、終生……つまらなく言えば囲炉裡端の火打石です。神聖に云えば霊山にお・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・アレだけの長い閲歴と、相当の識見を擁しながら次第に政友と離れて孤立し、頼みになる腹心も門下生もなく、末路寂寞として僅に廓清会長として最後の幕を閉じたのは啻に清廉や狷介が累いしたばかりでもなかったろう。四 沼南は廃娼を最後の使・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 既にこうなれば自分は全たくの孤立。母の秘密を保つ身は自分自身の秘密に立籠らねばならなくなった。「まアどうして?」と妻のうれしそうに問のを苦笑で受けて、手軽く、「能く事わけを話したら渡した」とのみ。妻は猶おその様子まで詳しく聴き・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・『そこで僕は今夜のような晩に独り夜ふけて燈に向かっているとこの生の孤立を感じて堪え難いほどの哀情を催して来る。その時僕の主我の角がぼきり折れてしまって、なんだか人懐かしくなって来る。いろいろの古い事や友の上を考えだす。その時油然として僕・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・個性を発展せしめるためには狭隘な孤立的自己に閉じこもらず、社会連帯の生活の中に、できるだけ他と協働する生活をひろげなくてはならぬ。最高の徳は義侠である。カントは「汝はなさねばならぬ、それ故なし得る」といったが、これは顛倒されねばならぬ。「汝・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 恋愛は相互に孤立しては不具である男・女性が、その人間型を完うせんために融合する作用であり、「を味う」という法則でなく、「と成る」という法則にしたがうものであり、その結果として両者融合せる新しき「いのち」が生誕するのだ。 子どもの生・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ほかで儲からなくなったその分を、この山間に孤立した鉱山から浮すことを考えた。 坑夫の門鑑出入がやかましいのは、Mの狡猾な政策から来ていた。 しかし、いくらやかましく云っても、鉱山だけの生活に満足出来ない者が当然出て来る。その者は、夜・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・問うだけ損だよ、めくらめっぽう、私はひとり行くのだと悪ふざけして居る間に、ゼラチンそろそろかたまって、何か一定の方向を指示して呉れないものでもない、心もとなき杖をたよりに、一人二役の掛け合いまんざい、孤立の身の上なれども仲間大勢のふりして、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・「最後には、自己を制限し、孤立させることが、最大の術である。」 このゲエテの結論は、私にとって、私のような気の多い作家にとって、まことに頂門の一針であろう。あまりに数多い、あれもこれもの猟犬を、それは正に世界中のありとあらゆる種属の猟犬・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・なるほど、もしも人形の顔なりからだなりが、あまりに平凡な写実的のものであったとしたら、おそらく人形の劇的表情は半分以上消えてしまうであろうのみならず、不自然、非写実的な環境の中に孤立した写実は全く救い難い破綻を見せるであろう。 女形が女・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫