・・・すると虹霓を粉にして振り蒔くように、眼の前が五色の斑点でちらちらする。これは駄目だと眼を開くとまたランプの影が気になる。仕方がないからまた横向になって大病人のごとく、じっとして夜の明けるのを待とうと決心した。 横を向いてふと目に入ったの・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ はや鯉や吹抜を立てて居る内がある。五色の吹抜がへんぽんとひるがえって居るのはいさましい。 横町を見るとここにも鯉がひるがえって居る。まだ遅桜がきれいに咲いて居る。 何とかいう芝居小屋の前に来たら役者に贈った幟が沢山立って居た。・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・其角、嵐雪もその人にあらざりき。五色墨の徒もとよりこれを知らず。新虚栗の時何者をか攫まんとして得るところあらず。芭蕉死後百年に垂んとしてはじめて蕪村は現われたり。彼は天命を負うて俳諧壇上に立てり。されども世は彼が第二の芭蕉たることを知らず。・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・けむりの中から出て来たのは、今度こそ全く支那風の五色の蓮華の花でした。なるほどやっぱり陳氏だ、お経にある青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光をやったんだなと、私はつくづく感心してそれを見上げました。全くその蓮華のはなびらは、ニュウファウン・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 五色のイルミネーションは対岸のモスクワ市発電所にもあって、三百六十四日はむっつり暗いモスクワ河の水を色とりどりにチラつかせている。 モスクワの群集はイルミネーションに対しては素朴である。群集の中から満足した笑いごえがし、或る者はそ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 太陽のよくさす部分は銀器を日向で見る様にこまかい五色の色の分るのが有るのさえわかる。 紺青の色も濃くうすく青味勝った所もさほどでない所もある。 銀と紺青といかにもすっきりした取合わせの下に黄金色に輝いて微笑むぶなの木の群がつづ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 千世子は山形の五色の温泉へ祖母と一緒に行った時、湯殿をのぞいて居た青光りのする眼玉を思い出して身ぶるいの出る様な気がした。「私の行った温泉の中で飯坂の温泉はかなり気持がようござんしたよ。 私は妙に東北の温泉へばっかり行きました・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・あたりには、龍涎香を千万箱も開けたような薫香に満ち、瑪瑙や猫眼石に敷きつめられた川原には、白銀の葦が生え茂って、岩に踊った水が、五色のしぶきをあげるとき、それ等の葦は、まあ何という響を立てることでしょう。 胡蝶の翅を飾る、あの美くしい粉・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 光君は椽に坐って肩まで髪をたれた童達が着物のよごれるのを忘れてこまかい雨の中を散った花びらをひろっては並べならべてはひろって細い絹の五色の糸でこれをつないで環をつくって首にかけたり、かざして見たりして居るのを何も彼も忘れたように見とれ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 其処へ折よく撥を持った主人の子供が来たので、五色の太鼓は益々活気付いて、黙っている粟を罵った。「さあ始めるぞ、俺の声を聞かされてからいくら平あやまりにあやまっても勘弁はしないからな」 そう云いながら、太鼓は打たれるままに、全力・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
出典:青空文庫