・・・ ――茫然として、銑吉は聞いていた―― 血は、とろとろと流れた、が、氷ったように、大腸小腸、赤肝、碧胆、五臓は見る見る解き発かれ、続いて、首を切れと云う。その、しなりと俎の下へ伸びた皓々とした咽喉首に、触ると震えそうな細い筋よ、蕨、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんず・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ありがたい気がした。五臓に、しみたのである。それからは、努力した。ともすると鎌首もたげようとする私の不眠の悲鳴を叩き伏せ、叩き伏せ、お念仏一ついまは申さず、歯を食いしばって小説の筋を考え、そうして、もっぱら睡眠の到来を期待しているのである。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・晩の御馳走は、蛙の焼串、小さい子供の指を詰めた蝮の皮、天狗茸と二十日鼠のしめった鼻と青虫の五臓とで作ったサラダ、飲み物は、沼の女の作った青みどろのお酒と、墓穴から出来る硝酸酒とでした。錆びた釘と教会の窓ガラスとが食後のお菓子でした。王子は、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・夢は東洋では五臓の疲れなどと言われ、また取り止めもないものの代表者としてあげられ、また一方では未来の予言者としてだいじに取り扱われもした。西洋でも同様であったらしい。しかしいわゆる「夢判断」はフロイドの多年の研究によって今までとはちがった意・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫