・・・同僚も今後の交際は御免を蒙るのにきまっている。常子も――おお、「弱きものよ汝の名は女なり」! 常子も恐らくはこの例に洩れず、馬の脚などになった男を御亭主に持ってはいないであろう。――半三郎はこう考えるたびに、どうしても彼の脚だけは隠さなけれ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・その節万事私のほうのかたはつけますから。御免」「御免」という挨拶だけを彼に残して、矢部は星だけがきらきら輝いた真暗なおもてへ駈け出すように出て行ってしまった。彼はそこに立ったまま、こんな結果になった前後の事情を想像しながら遠ざかってゆく・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ ベソを掻いて、顔を見て、「御免なさい。御免なさい。父さんに言っては可厭だよ。」 と、あわれみを乞いつつ言った。 不気味に凄い、魔の小路だというのに、婦が一人で、湯帰りの捷径を怪んでは不可い。……実はこの小母さんだから通った・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・竈屋の裏口から、「背戸口から御免くださいまし」 例の晴ればれした、りんの音のような声がすると、まもなくおとよさんは庭場へ顔を出した。にっこり笑って、「まあにぎやかなこと。……うっとしいお天気でございます。お祖母さんなんですか。あ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 御免下さい」と、向うは笑いくずれたが、すぐ白いつばを吐いて、顔を洗い出した。飛んで来たのは僕のがま口だ。「これはわたしのだ。さッき井戸端へ水を飲みに行った時、落したんだろう」「あの狐に取られんで、まア、よかった」「可哀そうに、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と二、三度音楽会へ誘って見たが、「洋楽は真平御免だ!」といって応じなかった。桜井女学校の講師をしていた時分、卒業式に招かれて臨席したが、中途にピアノの弾奏が初まったので不快になって即時に退席したと日記に書いてある。晩年にはそれほど偏意地では・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・しかしながら私は今日これで御免をこうむって山を降ろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも幾何の遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、今年は後・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「ええ、それじゃ御免なさいましよ、御遠慮なしに」とお光の後について座敷へ通りながら、「昨日あの、ちょいと端書を上げておきましたが……」「あれがね、阿母さん、遅れてつい今し方着いたんですよ」「まあ、そうですかよ。やっぱり字の書きよ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「お爺さん。御免よ。若し綱が切れて高い所から落っこちると、あたい死んじまうよ。よう。後生だから勘弁してお呉れよ。」 いくら子供がこう言っても、爺さんは聞きませんでした。そうして、唯早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。 ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・が日本の文化主義というものであろうと思って見れば、文化主義の猫になり、杓子になりたがる彼等の心情や美への憧れというものは、まことにいじらしいくらいであり、私のように奈良の近くに住みながら、正倉院見学は御免を蒙って不貞寝の床に「ライフ」誌を持・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫