・・・「拝啓、貴下の夫人が貞操を守られざるは、再三御忠告……貴下が今日に至るまで、何等断乎たる処置に出でられざるは……されば夫人は旧日の情夫と共に、日夜……日本人にして且珈琲店の給仕女たりし房子夫人が、……支那人たる貴下のために、万斛の同情無・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・――そこへ遊びに行くと云うのだが、何もこの雨の降るのに、わざわざ鎌倉くんだりまで遊びに行く必要もないと思ったから、僕は勿論僕の妻も、再三明日にした方が好くはないかと云って見た。しかし千枝子は剛情に、どうしても今日行きたいと云う。そうしてしま・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・そこで泰さんもやむを得ず、呉々も力を落さないようにと、再三親切な言葉を添えてから、電車では心もとないと云うので、車まで云いつけてくれたそうです。 その晩は寝ても、妙な夢ばかり見て、何度となくうなされましたが、それでもようやく朝になると、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・この『罪と罰』を読んだのは明治二十二年の夏、富士の裾野の或る旅宿に逗留していた時、行李に携えたこの一冊を再三再四反覆して初めて露西亜小説の偉大なるを驚嘆した。 私は詞藻の才が乏しかったから、初めから文人になれようともまたなろうとも思わな・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・読み返すこともしないらしく、送った原稿が一枚抜けていたりすることも再三あった。二枚ぐらいの短かい随筆で、最初は「私」と書いているのに、終りの方では「僕」になったりしている。連載物など、前に掲載した分を読み返すか、主要人物の姓名の控えを取って・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・しかし、再三籠を背負って行くのを見た者があるそうだ。 が、最近また米の配給方法が変って外米を鶏に呉れてやった船長の細君も、籠で売りに行く女も、もうそんなことができなくなってしまった。それは、そんなのを防ぐためだろうが、内地米と外米をすっ・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・と云って、あまり這いようがおそいと、再三繰りかえさせられる。あとで、頭にさわってみると、こぶだらけだ。 こういう兵営で二カ年間辛抱しなければならないのかと思うと、うんざりしていた。 私は、内地で一年あまりいて、それからシベリアへ・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・そこへ行くともう生きて帰れないものゝように思われるからだった。再三医者に懇願してよう/\自宅で療養することにして貰った。 高熱は永い間つゞいて容易に下らなかった。為吉とおしかとは、田畑の仕事を打ちやって息子の看護に懸命になった。甥の孝吉・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・と聖人づらをしたいのだろう。馬鹿野郎。 自分は君に、「作家は仕事をしなければならぬ。」と再三、忠告した筈でありました。それは決して、一篇の傑作を書け、という意味ではなかったのです。それさえ一つ書いたら死んでもいいなんて、そんな傑作は、あ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・というような意味の葉書を再三、私は受け取った。 けれども私は、「激励の言葉を」などと真正面から要求せられると、てれて、しどろもどろになるたちなので、その時にも、「立派な言葉」を一つも送る事が出来ず、すこぶる微温的な返辞ばかり書いて出して・・・ 太宰治 「散華」
出典:青空文庫