・・・「私もそりゃ、最初から貴方を車夫馬丁同様の人物と考えたんだと、そりゃどんな強い手段も用いたのです。がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たよう・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・何故って、僕には最初窓がただなにかしらおもしろいものであったに過ぎないんだ。それがだんだん人の秘密を見るという気持が意識されて来た。そうでしょう。すると次は秘密のなかでもベッドシーンの秘密に興味を持ち出した。ところが、見たと思ったそれがどう・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・尤も僕と最初から理想を一にしている友人、今は矢張僕と同じ会社へ出ているがね、それと二人で開墾事業に取掛ったのだ、そら、竹内君知っておるだろう梶原信太郎のことサ……」「ウン梶原君が!? あれが矢張馬鈴薯だったのか、今じゃア豚のように肥って・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 最後にこの天理の自然、生命の法則という視点から、最初に立ちかえって、夫婦生活というものには無理が含まれていることも、英知をもって認めておかなくてはならぬ。この無理をどう扱うかということが生活のひとつの知恵である。 性の欲求、恋愛は・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・…… 最初に倒れたのは、松木だった。それから武石だった。 松木は、意識がぼっとして来たのは、まだ知っていた。だが、まもなく頭がくらくらして前後が分らなくなった。そして眠るように、意識は失われてしまった。 彼の四肢は凍った。そして・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 主客の間にこんな挨拶が交されたが、客は大きな茶碗の番茶をいかにもゆっくりと飲乾す、その間主人の方を見ていたが、茶碗を下へ置くと、「君は今日最初辞退をしたネ。」と軽く話し出した。「エエ。」と主人は答えた。「なぜネ。」・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 保釈になった最初の晩、疲れるといけないと云うので、早く寝ることにしたのだが、田口はとうとう一睡もしないで、朝まで色んなことをしゃべり通してしまった。自分では興奮も何もしていないと云っていたし、身体の工合も顔色も別にそんなに変っていなか・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・「僕も最初見つけた時に、大き過ぎるとは思ったが――」 この次郎は私の話を聞いているのかと思ったら、何かもじもじしていたあとで、私の前に手をひろげて見せた。「とうさん、月給は?」 この「月給」が私を笑わせた。毎月、私は三人の子・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・どうかするとある家の前で立ち留まって戸口や窓の方を見ることがあったが、間もなく、最初は緩々と、そのうちにまた以前のような早足になって、人々の群に付いて来たのである。その間老人は、いつも右の手をずぼんの隠しに入れて、その中にある貨幣を勘定して・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ まったくそうでしょう。最初の震動は約十四秒つづいたのですが、それから、ものの三分とたたないうちに、神田以下十二区にわたって四十か所から発火したのです。本所や浅草では、十二時におのおの十二、三か所からもえ上ったくらいです。それから一分お・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫