・・・そこでノアルで細筆のフランス文字、ブルバールデトセトラ。 四 脚は一八〇プロセントくらいに、眼と眼はうんとくっつけるか、思い切り開いて、さてこの腕をどうやろう。寛永寺の鴉より近い処にビッシェール、ロート。顔の・・・ 寺田寅彦 「二科狂想行進曲」
・・・母は外国にいる父へやるために、細筆で、雁皮の綴じたのに手紙を書いている。私は眠いような、ランプが大変明るくていい気持のような工合でぼんやりテーブルに顎をのっけていたら、急に、高村さんの方で泥棒! 泥棒! と叫ぶ男の声がした。すぐ、バリバリと・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ 立派に活きて居る才筆である。 まことに驚くべきものである。 紅葉山人のは勿論、少しは異った材料も、あつかって居られる。 けれ共、それは割合に、作者自身あんまり重きを置いて居られないらしく見える。 紅葉山人の筆があって露・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・ 灯がその火屋の中にともるとキラキラと光るニッケル唐草の円いランプがあって、母は留守の父のテーブルの上にそのランプを明々とつけ、その上で雁皮紙を詠草のよう横に折った上へ、細筆でよく手紙を書いた。白い西洋封筒は軽い薄い雁皮の紙ながら、ふっ・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・持って来た本もよみつくした私は、一日の中、半分私が顔を知らないうちに没した先代が、細筆でこまごまと書き写した、戦記、旅行記、物語りの本に読みふけって居る。若しそうでない時は、炬燵で祖母ととりとめもない世間話しや、祖母の若い時分の話をきくので・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 夜になると大きい父のテーブルの上に、その時分の子供の目にはいかにも綺麗で明るいニッケルの台ランプを灯し、雁皮を横に二つ折りにたたんで綴じたのへ、細筆で細かくロンドンにいる父への手紙を書いていた母の横顔は、なんと白くふっくりとしていただ・・・ 宮本百合子 「母」
・・・タリとあう、なつかしさとにおいがただよって居る、髪を一寸ながくして内気なかおにかるい笑と力づよさをうかべて一生懸命に話す若い絵書きの前に、私は髪を一束につかねて、じみな色のネルを着てその人の絵絹の上に細筆を走らせる時の様に、かすかに動いて居・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫