・・・しかし、またそのおかげで科学が栄え文学が賑わうばかりでなく、批評家といったような世にも不思議な職業が成り立つわけであろう。 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・ 今の朝日敷島の先祖と思われる天狗煙草の栄えたのは日清戦争以後ではなかったかと思う。赤天狗青天狗銀天狗金天狗という順序で煙草の品位が上がって行ったが、その包装紙の意匠も名に相応しい俗悪なものであった。轡の紋章に天狗の絵もあったように思う・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・このお宮のいつまでも栄えますよう。」 王は立って云いました。「あなた方もどうかますます立派にお光り下さいますよう。それではごきげんよろしゅう。」 けらいたちが一度に恭々しくお辞儀をしました。 童子たちは門の外に出ました。・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・ 私は自分を、静かな夜の中に昔栄えた廃園に、足を草に抱かれて立つ名工の手になった立像の様にも思い、 この霧もこの月も又この星の光りさえも、此の中に私と云うものが一人居るばっかりにつくりなされたものの様にも思う。 身は霧の中にただ・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・わん桂乙女うまし眉高く やさめの輝き長袖花をあざむけば天馳つかい喜び誦し山祇もみずとりだまもともに奏でん玉の緒琴 箏の笛妙なりや秋の夜心ゆく今の一とき久遠劫なる月の栄え讚えんに言の葉も得ずいずのみ・・・ 宮本百合子 「秋の夜」
・・・老木の朽ち枯れるそばで、若木は茂り栄えて行く。嫡子光尚の周囲にいる少壮者どもから見れば、自分の任用している老成人らは、もういなくてよいのである。邪魔にもなるのである。自分は彼らを生きながらえさせて、自分にしたと同じ奉公を光尚にさせたいと思う・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・三十六歳で右近衛権少将にせられた家康の一門はますます栄えて、嫡子二郎三郎信康が二十一歳になり、二男於義丸(秀康が五歳になった時、世にいう築山殿事件が起こって、信康はむざんにも信長の嫌疑のために生害した。後に将軍職を承け継いだ三男長丸(秀忠は・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・その居眠りは、馬車の上から、かの眼の大きな蠅が押し黙った数段の梨畑を眺め、真夏の太陽の光りを受けて真赤に栄えた赤土の断崖を仰ぎ、突然に現れた激流を見下して、そうして、馬車が高い崖路の高低でかたかたときしみ出す音を聞いてもまだ続いた。しかし、・・・ 横光利一 「蠅」
・・・現世の濁った空気の中に何の不満もなさそうに栄えている凡庸人に対しては、烈しい憎悪を感じます。安価な楽天主義は人生を毒する。魂の饑餓と欲求とは聖い光を下界に取りおろさないではやまない。人生の偉大と豊饒とは畢竟心貧しき者の上に恵まれるでしょう。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 私は芸術的良心が生活態度の誠実でない人の心に栄えるとは思わない。四 フランスやイタリアの作家には饒舌が眼につく。私はダヌンチオやブウルジェエの冗漫に堪え切れない。トルストイに至ってはさすがに偉大である。たとえばあの大部・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫