・・・ 筐の簪、箪笥の衣、薙刀で割く腹より、小県はこの時、涙ぐんだ。 いや、懸念に堪えない。「玉虫どころか……」 名は知るまいと思うばかり、その説明の暇もない。「大変な毒虫だよ。――支度はいいね、お誓さん、お堂の下へおりて下さ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 衝と行く、お誓が、心せいたか、樹と樹の幹にちょっと支えられたようだったが、そのまま両手で裂くように、水に襟を開いた。玉なめらかに、きめ細かに、白妙なる、乳首の深秘は、幽に雪間の菫を装い、牡丹冷やかにくずれたのは、その腹帯の結びめを、伏・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ お通は胸も張裂くばかり、「ええ。」と叫びて、身を震わし、肩をゆりて、「イ、一層、殺しておしまいよう。」 伝内は自若として、「これ、またあんな無理を謂うだ。蚤にも喰わすことのならねえものを、何として、は、殺せるこんだ。さ駄々・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・――人も立ち会い、抱き起こし申す縮緬が、氷でバリバリと音がしまして、古襖から錦絵を剥がすようで、この方が、お身体を裂く思いがしました。胸に溜まった血は暖かく流れましたのに。―― 撃ちましたのは石松で。――親仁が、生計の苦しさから、今夜こ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・言うても、母が民子を愛することは少しも変らないけれど、二つも年の多い民子を僕の嫁にすることはどうしてもいけぬと云うことになったらしく、それには嫂もいろいろ言うて、嫁にしないとすれば、二人の仲はなるたけ裂く様な工夫をせねばならぬ。母も嫂もそう・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・彼岸桜の咲くとか咲かぬという事が話の問題になる頃は、都でも田舎でも、人の心の最も浮き立つ季節である。 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「しかしながらわれらは外に失いしところのものを内において取り返すを得べし、君らと余との生存中にわれらはユトランドの曠野を化して薔薇の花咲くところとなすを得べし」と彼は続いて答えました。この工兵士官に預言者イザヤの精神がありました。彼の血管に・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして植えて大事にしておきました。 ほんとうに、久しぶりで、そのお姉さんからは、たよりがあったのです。そして、その手紙の中には、「のぶ子さ・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・いろいろの花が咲くには、まだ早かったけれど、梅の花は、もう香っていました。この静かな黄昏がた、三人の天使は、青い空に上ってゆきました。 その中の一人は、思い出したように、遠く都会のかなたの空をながめました。たくさんの煙突から、黒い煙が上・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・中には、登って、せみを捕ろうとするものがあれば、また、赤くなったさくらんぼを取ろうとするものもありました。 桜の木は、ちょうどお母さんのように、子供たちのするままに委していました。そして、子供たちの、楽しそうに遊ぶようすを見下ろしながら・・・ 小川未明 「学校の桜の木」
出典:青空文庫