・・・ドチラかというと寡言の方で、眼と唇辺に冷やかな微笑を寄せつつ黙して人の饒舌を聞き、時々低い沈着いた透徹るような声でプツリと止めを刺すような警句を吐いてはニヤリと笑った。 緑雨の随筆、例えば『おぼえ帳』というようなものを見ると、警句の連発・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・おまけに、夜更けとともにおびただしく出て来た蚊は、寿子の腕や手や首を、容赦なく刺すのだった。「可哀想に……」 という身を切られるような想いが、さすがにちらと庄之助の胸をかすめたが、しかし、彼は依然として、寿子を蚊帳の中へ入れようとせ・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 背を刺すような日表は、蔭となるとさすが秋の冷たさが跼っていた。喬はそこに腰を下した。「人が通る、車が通る」と思った。また「街では自分は苦しい」と思った。 川向うの道を徒歩や車が通っていた。川添の公設市場。タールの樽が積んで・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・僕はその時大に反対した、君止すなら止せ、僕は一人でもやると力味んだ。すると先生やるなら勝手にやり給え、君もも少しすると悟るだろう、要するに理想は空想だ、痴人の夢だ、なんて捨台辞を吐いて直ぐ去って了った。取残された僕は力味んではみたものの内内・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・そして寒気は刺すようで、山の端の月の光が氷っているようである。僕は何とも言えなく物すごさを感じた。 船がだんだん磯に近づくにつれて陸上の様子が少しは知れて来た。ここはかねて聞いていたさの字浦で、つの字崎の片すみであった。小さな桟橋、桟橋・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・「イイエ別に何ともお仰らないけエど、江藤さんは最早局を止すのだろうかって。貴姉どうなさるの。」「ソー、夫れで実は私も迷っているのよ」と主人の少女は嘆息をついた。 客の少女は密と室内を見廻した。そして何か思い当ることでも有るらしく・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・扉が開いたその瞬間に、刺すような寒気が、小屋の中へ突き入ってきた。シーシコフもつづいて立ちあがった。「止れ! 誰れだ?」 支那人は、抑圧せられ、駆逐せられてなお、余喘を保っている資本主義的分子や、富農や意識の高まらない女たちをめがけ・・・ 黒島伝治 「国境」
一 十一月に入ると、北満は、大地が凍結を始める。 占領した支那家屋が臨時の営舎だった。毛皮の防寒胴着をきてもまだ、刺すような寒気が肌を襲う。 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発し・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・語学校を出て間がない、若い通訳は、刺すような痛みでも感じたかのように、左右の手を握りしめて叫んだ。「女を殺している。若い女を突き殺してる!――大隊長殿あんなことをしてもいいんですか!」 でぶでぶ腹の大隊長の顔には、答えの代りに、冷笑が浮・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・草を茵とし石を卓として、谿流のえいかいせる、雲烟の変化するを見ながら食うもよし、かつ価も廉にして妙なりなぞとよろこびながら、仰いで口中に卵を受くるに、臭鼻を突き味舌を刺す。驚きて吐き出すに腐れたるなり。嗽ぎて嗽げども胸わろし。この度は水の椀・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫