・・・で三百の帰った後で、彼は早速小包の横を切るのももどかしい思いで、包装を剥ぎ、そしてそろ/\と紙箱の蓋を開けたのだ。……新しいブリキ鑵の快よい光! 山本山と銘打った紅いレッテルの美わしさ! 彼はその刹那に、非常な珍宝にでも接した時のように、軽・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 主催笹川の左側には、出版屋から、特に今晩の会の光栄を添えるために出席を乞うたという老大家のH先生がいる。その隣りにはモデルの一人で発起人となった倉富。右側にはやはりモデルの一人で発起人の佐々木と土井。その向側にはおもに新聞雑誌社から職・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・何だか身体の具合が平常と違ってきて熱の出る時間も変り、痰も出ず、その上何処となく息苦しいと言いますから、早速かかりつけの医師を迎えました。その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故障が出来たのですから、一週間も氷・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・自分の影は左側から右側に移しただけでやはり自分の前にあった。そして今は乱されず、鮮かであった。先刻自分に起ったどことなく親しい気持を「どうしてなんだろう」と怪しみ慕しみながら自分は歩いていた。型のくずれた中折を冠り少しひよわな感じのする頚か・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必要は、その法令を規定したすべての条件を具えたものには、早速払い下げを許可するが、そうでないものをば一斉に書面を却下することとし、また相当の条件を具えた書面が幾通もあ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・宅の物置にかつて自分が持あるいた画板があったのを見つけ、同時に志村のことを思いだしたので、早速人に聞いて見ると、驚くまいことか、彼は十七の歳病死したとのことである。 自分は久しぶりで画板と鉛筆を提げて家を出た。故郷の風景は旧の通りである・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・…… 丘の左側には汽車が通っていた。 河があった。そこには、まだ氷が張っていた。牛が、ほがほがその上を歩いていた。 右側には、はてしない曠野があった。 枯木が立っていた。解けかけた雪があった。黒い烏の群が、空中に渦巻いていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・と、両手を差し出しながら早速、上り框にとんで来た。「お父う、甘いん。」弟の方は、あぶない足どりでやって来ながら、与助の膝にさばりついた。「そら、そら、やるぞ。」 彼が少しばかりの砂糖を新聞紙の切れに包んで分けてやると、姉と弟とは・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 左側の樅やえぞ松がある山の間にパルチザンが動いているのが兵士達の眼に映じた。彼等は、すぐ地物のかげに散らばった。 パルチザンは、その山の中から射撃していたのだ。 パルチザンは、明らかに感情の興奮にかられているようだった。 ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・そこで早速自分の所有のを出して見競べて視ると、兄弟かふたごか、いずれをいずれとも言いかねるほど同じものであった。自分のの蓋を丹泉の鼎に合せて見ると、しっくりと合する。台座を合せて見ても、またそれがために造ったもののようにぴたりと合う。いよい・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫