・・・志賀直哉に向って、日本の知性を押し潰そうとしている力に左袒しているといったならば、彼はどんなに意外に思うであろう。そして、そういう人を憎むだろう。しかし、事実を蔽うことは出来ない。近代的文学を中心として自我の探求にあの道この道を迷った人たち・・・ 宮本百合子 「前進的な勢力の結集」
・・・ 浅間敷くサタン奴に魅入られた欲心に後押しされて他人のものをことわりなしに我家に持ちかえった事をとがめられて、厳な司法官の宣告書にふるえの止まらぬ体をそのままただ一坪の四方は皆叩いても音の出ぬ石のただ一つ小窓の開いた牢獄につながれた時の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・彼はかつて老いたる偏盲に嗟嘆させた、「いやしかし俺は自然の美しさに見とれていてはならぬ。いかな時といえども俺はただ俺の考察の対象としてよりほかに外象をながめてはならないのだ」。さよう、それが木下の享楽の一つの特徴である。彼は白墨で線を画して・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・日本人はまだ都市の公共性を理解しない、これが著者の嗟嘆の一つである。しかしこのことは否定の否定が実現せられ得るためにまず第一の否定が明白に行なわれねばならぬことをさしているにほかならぬ。著者が一人旅の心を説くのも、我執に徹することによって我・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫